A54W15:操舵手の前線
キメラは最初こそ順調だった。
自分達への妨害を示す声で行動を誘導する。騎士団の包囲に突っ込ませて、鎮圧の口実を与える。熱狂の波を切り崩していく。
同じパターンの繰り返しでは鈍化してきた。向こうにも指揮官がいるらしい。もしくは、血気が盛んな連中が尽きたか。
何にしても、別の手が必要になった。具体的な内容をこれから観察する。
「怪我人だ、手を貸してくれ」
反応は薄い。連中は怪我人の価値を低く見ている。いい情報を得たので位置を移動して別の言葉を使う。
「」
キメラの頭にひとつ、よくない発想が生まれた。連中の誰かが破壊活動をしたなら、騎士団が介入するに相応の理由がつく。便衣兵、汚いてではあるが、誠実とは真逆の手だが、必要ならば選べるのがアナグマの思想だ。
破壊したら派手で、なおかつ実質的には影響が小さいもの。あわよくば破壊した方が利益になる可能性を秘めたもの。例えば、すでに知名度がある店舗なら、破壊したところで顧客は覚えているし、修理中の場所として新しい目印にもできる。
ただしこいつらは積極的な行動をしない。祭りを眺めるだけのような奴らだ。この手を使うにしても、もう一捻りが必要になる。
行動を起こさせるには。静止でない選択に追い込むには。疑念と不安がまず思い浮かぶ。恐怖よりも不確かにして、確認したい理由を提示し、確認するための道標を提示する。与える。
行動を促すには、行動開始と、道しるべだ。残りは自分で考える。自前で動いてくれる。優雅に待てる状況から追い落として、何かは行動しなければならない状況で、求める者へ到着できそうな道しるべを出す。他の選択肢ひとつと比べるだけで飛びついてくれる。解決に足りなければ、次の道しるべを提示して核心に近づいているように演出する。
幸い、今は雑踏だ。遠くを見るには見える範囲は自分のすぐ近くと、派手な出来事。たったのこれだけだ。熱狂状態も見方している。冷静な判断なんかできやしない。それっぽい動きが少し見えたらとりあえず真似をする。種火が欲しい。
キメラは実動部隊だけに伝わる符丁を使う。この中に潜伏工作員が紛れているなら、聞きつけて近くにくる。
手を組んで三角錐がたの空間を作り、親指の根元から息を吹き込む。笛を作る。
扱える音は、出すか出さないかの二通りのみ。間隔で伝えられるメッセージは限られている。聞き違いの可能性も高い。過信はできないが、十分な内容がある。内容を伝えられる。
「キメラさんですか。およびで?」
「そうだ。騒ぎを納めるため、騎士団との喧嘩に持ち込みたい。かそのための負けに活かせるための誘導だ。パニックを起こして、モラルハザードと移動に伴う損壊を起こす。いけそうか」
「種火になれ、と」
名も知らぬ男がきた。
「話が早い。頼むよ」
「五分だけください。通してきます」
役目は果たす。アナグマはそういう奴らだ。この空き時間に派手な出来事を起こす準備をしておく。
勝利条件が変わった。キメラを中心に数人が動き、全員で地下へ逃げ込む。派手な破壊活動を起こせば騎士団の目溢しは期待できない。逃げ切る必要もある。全員で地下のトロッコに乗り込み、中枢に戻る。それでようやく成功だ。
約束の時間まで目ぼしい目標に当たりをつけておく。騎士団の目が届かず、群衆が共犯に見える集まり方で、破壊した結果が単に損失とは言い切れないもの。
カフェの吊り看板が傷んでいる。頭に落ちる前に交換したほうがいい。
花屋の店頭に並ぶ植木鉢にヒビがみえた。持ち帰る途中で割れたら大変だ。
建材を加工する工房、ここはだめだ。これから来る商機に集中させる。
茶葉の専門店、この名前はノモズの事務所で見覚えがある。後で親交を深めるチャンスに使えるかもしれない。
目星はつけた。どこが最初か、答えは決まっている。全部だ。
「いったるでえ!」
キメラは叫び声に続いて、銃の早撃ちを見せた。看板が落ち、植木鉢が割れ、茶葉が香る。目立ちすぎる音が注目を集める。直ちにアナグマの男が次の手を始める。
「何やってんだお前ら!」
もちろん誰の目にも見える範囲にはキメラしかいない。しかし、呼びかけを信じると複数人がいる。誰もが自分は見落としたと思い込んで周囲に仲間を探す。その様子が迫る騎士団の動向を探るように見える。助けを求めて駆け寄れば、騎士団へ襲い掛かる様子に見える。
銃声を続けて、金属を落とし木を割る。目を向ける先を誘導し、アナグマの仲間が死んだふりでパニックへ誘う。
騒ぎの中心になったキメラは裏路地へ向かった。追手役は二人、どちらも手による符丁でアナグマの仲間とわかる。共に下水道へ繋がる小穴へ滑り込み、図面にはない隠し扉を開けて、アナグマのトロッコへ向かう。
上流側ではまだ雨が強いらしく、増水して飛沫が散る。袖で鼻周りを覆うが気休め程度なので、自然に足が早くなる。最後の隠し扉の前を通り過ぎて、キメラは振り返り、最後の声かけで確認する。
「暗くて顔が見えない。名前は?」
「キビユです。こっちはアスタ」
「お前らここに来てたのか。久しぶりに助けられた、ありがとな」
「恐縮です」
確実に味方と分かってから、アスタが隠し扉を開けた。
アナグマの安全な領域に戻った。久しぶりの再会で話が弾む。お互い、色々あった。ユノアと恋仲になった話や、今だから笑い飛ばせる大失敗の話をした。
そうして気を逸らしていないと、鼻が曲がりそうだ。
トロッコが待機する位置までのごく短い時間も、トロッコで揺られて中枢へ戻る時間も、この手でひどい悪臭に勝ち続けられる。
話声のおかげで正面のトロッコ番がすぐに気づいた。目的の共有を確認し、使った手段を伝える。地上との連絡を取り、同行を確認した。
もう任せられる。キメラたちは早く風呂で悪臭を落としたいし、礼拝堂の連中は臭い奴らを通したくない。普段以上に話が早く、中枢行きのトロッコを動かした。




