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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国 の続き (作者の夏休み明け)
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A52W13:地獄変

 キメラはまず事務所に戻った。騒ぎの中心から程よく遠い。予想した最悪が杞憂に済んだ今なら可能性はある。


「ノモズ! 戻ってるか」


 返事はない。玄関マットも整ったまま、匂いの変化もなし。付近にはいつもと同じく通行人がいる。


 騒ぎはここまで聞こえる。歓声が届く。相当な数だ。足並みを揃えるまで手を出しても勝ち目がない。


 ならば次の行き先は礼拝堂だ。ちょうど騒ぎに近く、非常時の備えもある。アナグマの人員もいる。遅かれ早かれ合流できる。


 同時刻のノモズは街の中心付近にいた。


 キメラが言うから信用して離れた。建物を崩す攻撃なら、他の建物の陰になるよう曲がると、当然に広場に着く。姿勢を落として事務所の上空を見る。


 小さな何かが落ちた様子こそ見えたが、思ったような衝撃は見えない。代わりに、遅れて背後から歓声があがった。


 民衆の目が同じ方向に集まる。北東側に何があるのか、目を凝らしても、ジャンプしても、目立つものは見つからない。


「クレッタさん、何か見えますか」

「ノモズさんがジャンプをした時、こちらに気づいて向かってくる方がいます。ちらと見えた限りでは、テクティさんのようです」


 落ち合うために少し離れた。広場の外側へ、移動のためもあり道路側へ。その間にも新たな誰かが訪れる。すれ違い際に顔を見ておく。


 多くは目線から野次馬らしい印象で、まばらな位置に熱心な顔がいる。ただの集まりではない。明確な目的を持って集まっている。


 ただし、イレギュラーへの対応には甘さがあった。そそかしい一般人が荷物を落とし、拾う手伝いの手際がまちまちで、連絡も積極的な発見もしない。


 ノモズはこんな集団に見覚えがある。部下に役割ひとつを与えたらその他の全てを無視する、そんな組織ではいつもこうなる。基準ひとつで配置を決めた結果、他の要素が無作為な寄せ集め同然でばらつき幅がやけに大きい。


 相手の指揮系統の断片から打てる手が見えた。必要なのはキメラだ。まずは合流のために。


「クレッタさん、礼拝堂へ行きますよ」


 雑踏に見える形で手を振った。用事があるなら追ってくる。


 人の流れは頭を見ればわかる。上下したり、揺れる場所があれば、その位置に動く者がいる。目線と脚から次の移動先を読み取る。カラスノ合衆国は広さに対して人口が少なく、この感覚を理解する者も少ない。


 ノモズは裏路地を進む。悪臭のせいで普段ならば避ける道だが、非常時には臭いだけで歩きやすい道になる。


 探偵と浮浪者とならず者の楽園だ。様々な汚物が混ざった結果の暗色があちこちに残り、服の白さがよく目立つ。


「そう恐れずに。私がいます」


 この道は見てくれに反して危険ではないが、今日だけは話が違った。遠くから祝砲らしい爆発音が聞こえる。同じような置物が、すぐ近くにも置かれていた。爆発で音を出す手前、分量や設計に精密さかが必要になる。もしくは、過剰なほどの耐久性が。


 入り組んだ裏路地を曲がった瞬間に、目の前に置かれていた機構が、同じ音で爆発した。


 破片が横切って、甲高い音で跳ね返り、同時にクレッタが膝をついた。ひとつ遅れてノモズも足を止める。安全な道が裏目に出た。


「クレッタさん!」

「平気です。かすっただけ」


 言葉は認識に基づくが、行動は状態に基づく。クレッタは立ち上がるに失敗し、汚い地面に手をついた。


「見せてください。脚ですね」


 ノモズの視界に入るよう動かすと、カランと音が聞こえた。血がついていて、古そうな汚れも重なる金属片。危険度は極めて高い。


「平気です。私は」

「だめです。私に抱かれてください。じっとして。でないと毒が回ります」


 後ろからは誰も追ってこない。テクティも他に巻き込まれたか、見間違いだったか。応急処置に使える道具はこの場には何もない。礼拝堂に着くまでに血液は体を五周ほどする。


 幸運に頼る以外で生き残る道は。避けたいが、ひとつだけある。確実に命を助けられるが、確実に命以外の全てを奪う。


 両手でクレッタを抱えて、早足で進む。礼拝堂には地下がある。


 修道服の伝令を捕まえて、伝言を残した。ノモズからキメラへ。カティとラマテアにも。


 クレッタの様子はまだ疲れが見える程度でも、体内での出来事が外に出るまでには時間がかかる。ヒントは得られない。


 ノモズは決断した。


「九番で治療を」


 アナグマはコイントスを嫌う。自らの選択に責任を持つためだ。

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