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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国 の続き (作者の夏休み明け)
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A50W11:復活祭

 キメラは一人、天井を眺めている。雨の音を聞きながら、ソファに落ちる少しの光が正方形に近づいていく。


 今は拠点としてノモズの事務所を使い、他は普段通りに過ごす。厄介な仕事はすべて済んだ。問題なのは、どの結果で済んだかにある。


 アシバ地区は治安がそれなりによく、ノモズやその秘書たちは近場への外出を一人で歩く。大問題が起これば必ず騒ぎになる。気楽でいられる。故に、思考に空白が生まれる。空白には過去が入り込む。


 仲間の一人を守れなかっただけでは終わらない。自己犠牲を必要とする状況を作った。最も尾を引くのがこれだ。見通しが甘ければ命を対価にする。いつだって。


 玄関から声が聞こえる。近づくまで待ち、口を開いた。


「ノモズ、ひとつ相談させてほしい」 

「今すぐにいいですよ。この部屋は安全です」


 手荷物を隣に渡して、扉を閉じた。アナグマ同士の話を始める。


「前にエンから聞いた話だ。幼少のエンに凶刃が迫り、世話係の老婆が庇った。その老婆の名前もミカ。引っかかるんだよな。偶然にも同じ名前のやつが、偶然にも同じ状況で死んだ。どことなくだが、意味がある気がする」


 根拠も検証の方法もなくても。細かい情報の積み重ねがやがてひとつの事実を浮かべる種になる。情報の処理が得意な者に任せていれば、なおさら。


「覚えておきましょう」

「偶然に見えるか」

「いいえ。ですが、記録した後で考える話です」


 ノモズは冷徹で、同時に取り尽く島がある。普段通りの張り付いた顔で過ごす。微かに匂わせる疲れをキメラは感じ取れる側にいる。けれどもきっと、意図的だ。


「ユノアにも訊いてみてくれ。ミカとの別れ方と、こっちにミカがいたら驚くか」

「すでに待っています。向こうも何か進めているようで、やけに連絡がないようで。電話がここにあればもう少し早いんですが」


 外からノックの音、返事より先にクレッタが焦りを丸出しで喋り始めた。


「ノモズさん、すぐに見るべきものがふたつ。大変な情報です」

「行きます」


 なんとなく、キメラは座ったままにした。普段の人使いの荒さから逆説的に、来いと言われなかった今なら休んでいいと言外を読み取った。


 扉越しの話し声が聞こえる。ああでもないこうでもないと、微かな音からそんな話に感じた。気になるが、キメラは自らがきっと役に立たないと知っている。今は体を休める。


 その考えを改めさせられた。ノモズが呼びつけた顔には平静がなかった。


「キメラさんも見てください。この似顔絵を」


 デスクに並ぶ紙は、噂の連続殺人の記録だ。日付と、名前と、場所と、状況と、遺族や墓石の住所。その下に似顔絵が描かれている。


 確かに違和感ある数人がいた。画家の名前がバラバラなのに、あるいはだからこそ、同じ人物らしき顔がよく目立つ。


「ミカじゃないか? この二人、いや三人目、そっちにもいるな」

「全部で五人です。私たちの目の前にいたのを含めて」

「誰かを庇って刺された。全員が? おいノモズ、こんなのってないだろ」

「過去最悪に厄介ですね。日付も気づきましたか」


 言われて目を向ける。律儀にも九日ずつずれている。


「犯人は?」

「捕まえても次が起こるので、組織的と見ていました。ですが逃げられた件が四つあります」

「こいつらか」

「その通り。他の全てをカモフラージュと見てもいい。そしておそらく、事件はもう起こらないか、せいぜい一度でしょうね」


 ノモズは次の書類を示した。カルト団体イコカムを調査した結果で、時系列順に出来事が並ぶ。大きな変化の日と同日か直前にミカの顔の女が死んだ日があり、最後がつい先日の、自分達が目の前にいた日だ。


「復活祭がどうのと小耳にしました。街中で、しかも度々です。もう潜入など言ってられません。何が起こるにしても時期はごく近い」

「同じ顔の人間がいて、全て始末したから大きな動きを始める、と言いたいのか」

「こんな情報がある今なら、そう考えるほうが安全です」


 不可解な出来事が重なり、順々の対処では追いつかないから。異常事態への対処は一貫した行動にある。最も譲れないひとつを中心に据えて、他は元より狙う価値が低い。各自で対処できる。


「この顔の女にどんな意味を考えてる?」

「その不可解さは同じ顔の人間が多数いる理由が先です。事情が何もわからないのだから、何が起ころうと不思議ではない。だから私たちは、騒ぎに備えます」


 仮説ばかりが膨らむ。ノモズは同時に、自らがアナグマと示す情報を隠す。そろそろ限界が近い。明かす可能性も見えてきた。


 騒ぎはさらに重なる。玄関からノックの音が聞こえた。


 この場に用がある全員が揃っていて、誰かが訪れる予定がない。新しい一件と考えれば自然だが、念のためキメラが出た。やや後ろからノモズとクレッタが見守る。カティとラマテアは物陰で、箒や椅子を構えておく。


 訪れた女は、長身で、鮮やかな金髪で、豊満な体をしていた。雨具もなく、ぼうっとした表情のまま、髪から水を滴らる任せている。


「ミカ、か?」


 キメラの言葉に対して、受け取りかたを吟味する仕草を見せた。

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