表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国 の続き (作者の夏休み明け)
53/89

A47W08:来たるべきもの

 出発の朝が来た。他の四人と交代でキメラが少しだけ眠り、御者の準備が済んだころに起こされた。些細な騒ぎが続いたが、危なげなく出られる。牛車に足をかけるまではそう思っていた。


「お前」

「乗せてもらっちゃった」

「いいのかノモズ、こんな得体の知れない奴がいて」


 ミカは猫を被り、下座とはいえ動く気配はない。ノモズが宥めて、時間に押されて、仕方なしにキメラも出発を許した。


 除くべきイレギュラー要素を抜きにしても違和感ある相手だ。ガンコーシュ帝国で別行動を始めて以降、何があったんだか纏う雰囲気が違う。


 人は環境に合わせて徐々に変化する。食べたもの、使う言葉、歩く場所、持つ道具。微妙な差異を匂いや雰囲気として、人は無意識に見分けている。キメラは意識的にも。


「言っとくが、好き嫌いの問題じゃあない」


 精一杯の悪態も飄々とかわされた。向こうは秘書たちとのおしゃべりを楽しんでいる。一応はこれで監視になる。ノモズがいい奴らを選んでいたおかげだ。そのまま続ければいい。念のため視界の隅には置いておく。


 牛車が大きいのは認めるが、キメラにはそろそろ狭い。人が多い場では落ち着けなくて、隣にいるように平然とできる連中とは馴染めずにいた。


「キメラさん、不調?」

「そんなんじゃない」


 人の根にある気質は変わらない。もしくは、アナグマの快適さに慣れたがために不快感が鋭敏になったとも言える。


 ガンコーシュ帝国への潜入では、人が多くとも距離を取る方法があった。少なくとも壁を挟んでいた。すぐ近くにいるのはアナグマだった。今はどれとも違う。


 せめて目線を広い空間へ向ければ警戒対象に後ろを晒す。ノモズが挟まってくれればと思うも、挨拶のための顔を引っ込めるには早い。


 中の事情を知らずに牛車は進む。高木が減り、横には川や低地の村が見える。もう少し先の道で似たような馬車が停まる様子も見えた。検問だ。


「おいノモズ、あれは正常か?」

「いいえ。備えてください」


 行きにはどこにも気配さえなかった連中だ。以前にノモズ経由で聞いた『息がかかった者』を想起した。


 こうまでする影響力は大きいとはいえ商人には余る。もっと別の、ニグスに情報を握らせた者が何か考えている。子供騙しの仕掛けくらいは置いて臨んだ。


「こんにちは。アシバ地区のノモズと申します。同乗者は雇いの御者と、秘書三人と、ボディガードと、ヒッチハイクの旅人です」

「サインを。その間に荷物を改めても?」

「ええどうぞ。やましい物はございません」


 全員で一度は降りて、その間に一人が中を検める。確認は手早く、どうやら疑う様子なしに進む。


 キメラが仕込んだ真珠を無視している。露骨に変な置き方で、他のどこかにも隠し持つ可能性を思い当たるはずだ。顔が通るにしても早すぎる。


 ならば、この先で孤立させようと狙ってる。ちょうど側に川がある。拾うも捨てるもやり放題だ。名目はある。


 念のため、再び乗り込むときも背後を警戒しておく。


「お疲れ様でした。ごきげんよう」


 ノモズの挨拶に、誰の返事もなく見送った。声が届かないほど離れてから、キメラが話を始めた。


「全員、聞いとけ。ノモズもだ。最悪の想定になるが」

「聞きましょう。外れてほしいですね」


 キメラが策を話し、続いて各人の観察を共有した。ノモズは作業中の雑談から根拠の曖昧さを引き出した。ラマテアは普段なら指摘を受ける品が今回は不問にされた。クレッタは兵の目線が顔と書類を往復する不自然さを指摘した。カティは移動拠点が軽すぎると指摘した。


 総じて、あの人員が本物かどうかも怪しい。


「クレッタさん。また忙しくさせます」

「望むところです」


 ノモズの伝手で後から動ける話がある。多少の荒事の許可も出た。キメラを中心に、荷物から弁当箱を取り出した。


 この先にもきっと検問が二度以上ある。仕掛けるなら次だ。


 鎧を着た者にはまず勝てないから、小手先の技で誤魔化すが関の山だ。無いよりマシな備えを進める。仕上げにキメラが確認する。


 果たして次の検問が見えてきた。待つ兵は五人、うち一人が鎧つきだ。


 前回と同じくノモズが挨拶をして、秘書たちはさりげなく位置取りを整える。


 ノモズの他は会話を控えたまま、体操の一部の動きやすい姿勢で構える。


 検める一人が声を上げて、隊長らしき鎧つきを呼びつけた。


 呼ばれた通りに、鎧つきが荷台へ進む。背後に回る。クレッタは姿勢をそのままで隙を見せる。


 直後に、来た。


 鎧つきがクレッタの背中側で短剣を抜いた。刀身が鞘よりも短く、見かけより早い。


 そんなことだと思っていたから、キメラは真横への周辺視野だけで反応した。側面から手を蹴り切先を逸らした。積荷は命より軽い。


 鎧つきは倒れても脚を上げて、振り戻す勢いですぐに起きる。顔の軌道を狙い、キメラは口から水を噴きかけた。


 齧っておいた唐辛子の成分が混ざる水だ。目を開けられないし、開けても視界は涙で歪む。盲目の兵など脅威ではない。


 同様にカティの付近でも、ノモズの付近でも、短い刃が閃いた。御大層な装いでも動きは野盗そのものだ。口からの目潰しで怯ませて、側面から姿勢を崩させる。


 キメラとクレッタが二人を無力化した。カティとラマテアが一人を無力化した。御者は逃げさせた。戦いについてこられない。


 ノモズとミカが残る二人と対峙している。キメラがそっちを向いたとき、状況はすでに決していた。


 ノモズが一人を無力化し、その背後へ迫る短刀を。


 ミカが庇って、胸で受けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ