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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国 の続き (作者の夏休み明け)
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A46W07:阿吽

 朝からずっと、テクティは本当に遠くから眺めている。盗み聞きの疑いを避けるのはともかく、目線の先がどうにもおかしい。彼は主にキメラの方向を見ている。ノモズではなく、もちろん秘書たちでもなく、なぜ私を? その疑問への答えを探し、ノモズにも相談したが、打てる手はない。相手が持つ情報がわかるまでは。


「大丈夫ですよ。泳がせましょう」

「何か聞いてるのか? やけに信用してるみたいだが」

「成果物を読んだだけですがね。約束を違える利がない今、こちらの不利益をしません」


 ノモズは自信満々に言う。まずは信用し、変化があったら眼鏡を左から拭く符丁で知らせると決めた。


 一応、たまに誰とも違う方向を気にする様子を見つけた。別の誰かを探すなら、相手まで確認してやる。


 キメラは薄目で、瞳の先を隠して周囲を伺う。その近くでずっと、ノモズは周囲に顔を売り続ける。人は誰しも関わった相手に興味が出る。助けを受ければ好感を持ち、助ければ成果を知りたくなる。


 御者が来る日までの短い滞在と明かす。答えが必要な話題では決定のチャンスは今日のうちか、明日の出発前の一瞬だけだ。焦らせて、精査の余裕がない中で決定させる。


 娯楽用品を持たない旅だから、暇潰しは散歩しかない。尤もな言い分で周囲と関わる機会を貪欲に求めている。移動のたびにキメラの手荷物が増えて、たまに来るクレッタに押し付ける。何を連絡してるのか、勤勉なやつだ。


 取っ掛かりは些細な、野生動物の排泄物を知らせて注意を促すとか、落ちた荷物を届けるとかの、小さなところで踏み込む。会話に持ち込めば、さらに詳しい困りごとに持ち込める。提示できる手を見せられる。今すぐにはいかなくても、戻ってから動いて間に合う話もある。


 それを提示したら、相手も連続殺人の話を思い出して、見張りの目として動いてくれる。見過ごしたら自分の利益もなくなり、助ければ恩を売れる。何事もなくても、注目させて入れ込ませる。どう転んでもノモズの掌で踊る利がある。


「なあノモズ、いつもこうなのか」

「もちろん。細かな仕草から見えるものもありますよ。とはいえ、誰かほどの精度はありませんが」

「あいつは双方向の対話となると専門外だからな。今に限ればノモズが上だよ。提示できる材料の分でな」


 ノモズが話す間のキメラは一歩だけ離れて左側で待つ。ニグスの息がかかった相手に備えて、右腕に動きを見たらすぐ飛びかかれる構えで、同時に警戒などしていなそうに見せる。戦場の目はここでも役立つ。


 繰り返せばやがては面倒な相手にも当たる。話を切り上げるためにキメラが腹の虫を鳴らしたら、アイスキャンデーを格安で売り込んできた。棒にあたりと書かれていても交換できない約束つきで、故障により運べなくなったからこの場で売れるだけ売りたがる。


 背景で、不特定多数に行き渡るさまを見ていた。警戒を薄めて食べる。


 五人で集まって氷菓子を配る。そろそろ肌寒い季節ゆえに解けるまでの猶予が長い。順に話しながらで、食べ終えた頃に、やや遠くから声をかけられた。服装から新聞売りらしく、顔つきと体格から少年だ。注意を向けてから駆け寄るあたり、かなりの若手とはいえそれなりの場数を踏んでいる。


「急にごめんなさい。話が聞こえたので」

「構いませんよ。気になる言葉でも?」

「ユノアって。僕の先輩のユノアさんかなと」

「かもしれませんね。アシバ地区ですか」

「そう、僕もテクティさんと同じとこの編集部にいます。ユノアさんの姿がこのごろ見えなくて、心配してます」

「安心しな。生きてるから、伝えとく。名前は?」


 アナグマの活動は味方へも秘匿している。個人的に教え合う例はあるが、ユノアは大抵の相手を「くだらない奴」の一言で表す。ユノアからは何も聞いていない。


 誰も興味がない。必要な役目は達成すると信頼しているし、余計な結果はアナグマの干渉とは関係なく発生する。


「ユノアのことならなんでも任せくれ。私は恋人だ」

「えっそうなんですか? キメラさんが?」

「私を知ってるのか?」

「アナグマのキメラさん、テクティさんの調査を盗み見た程度ですけどね」


 キメラは失敗したと直感した。どこかで知った些細な情報が繋がった。今回はすぐにノモズの助け舟がきた。


「言われてみると、アナグマが他者とどこまで付き合うか、まるで知りませんね」

「だろうな。それから、アナグマ同士でも相手がそうと知らないことさえある」

「ふーん」


 ニュースボーイは追求をしない。勝ち目がないか、すでに勝っているか、判断つかないものは仕方がない。加えてこの場には遠くにテクティがいる。彼が睨んでいる限り、下手な行動は誤魔化しにもならない。


「とりあえず本当の目的はこれです。プレゼントですが、邪魔なら置いてってくれたら後で回収します」


 袋をひとつ、小ぶりとはいえまるごと渡された。この場で覗いた限りでは、本と、板と、下の方には箱がわかる。中身がジャラジャラと鳴る。


「もしいつかイコカムに潜入するなら、テーブルゲームの会に潜り込む準備がいるので。お持ちでないと聞きました」

「九マスで、この駒の音。エイノマ王国の品ですね」


 ノモズは幼少期に見たことがあった。ニグス商会が主戦場とする他国との貿易において、各地の名産ゲームから似て非なる例としてよく名前が上がった。


 午後のノモズは部屋で机に向かう。本に書かれた説明書きとパズルで頭を慣らせば、多少は遊べるようになる。実行するかどうかは後にして、知っておくだけでも価値がある。


 その間のキメラは夜に備えて眠っておく。壁の厚さから外の音を聞き取りにくいが、だからこそ今のうちに体力を戻す。こんな所で耳を澄ませている場合ではない。


 ページを捲る音と、駒を置く音。ほとんど規則的な刺激が眠りを深くする。


 ノックの音があった。御者の他に心当たりはないので、早い到着と思いノモズが扉を引く。一応、キメラの膝を叩いて起こしてから。


 予想は覆った。覆し飽きた方向に。


「またミカか。今度は?」

「同行させてほしくて。海路の連中がちょっと面倒に巻き込まれてね」

「タダ乗り相手を求めて来たわけだ」

「話が早くて助かるわ。お邪魔します」


 慇懃無礼にも宿の中まで入ろうとする。キメラが腕を掴んで止める。


「だめだ」

「なんでよ」

「わかりきってるだろ。知らん奴を入れるはずがないんだよな。ボディガードとしてな」

「車体は見たけど、十分に距離を取れそうよね」

「ベッドの数も見るべきだったな。宿は自分で取れ。もしくは野宿スポットなら教えてやる。今日はあたりがあるから墓標をサービスしてやる」

「まるで金魚みたいな扱いね」

「金魚は私だ。さっさと流れてけ」


 金魚のフンを追い払って、昼寝の続きに移った。


 夜は体を休めたままぇ、音と匂いの変化を窺う。窓と扉に隙間を作り、外から空気の流れを作る。草が折れればすぐにわかる。ラマテアの仕掛けのおかげで居眠りも多少ならできる。


 その間もノモズはしばらく、小さな灯りで本とゲーム盤を見比べていた。

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