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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国 の続き (作者の夏休み明け)
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A45W06:知る範囲だけで四人

 牛の尻を叩く役目を、今だけは御者ではなくノモズが担う。道中でのトラブルを見越して、帰りの御者は日を開けて落ち合う手筈になっている。


 多芸なノモズでも本職には劣るらしく、行きでは静かだった道でもよく揺れる。キメラも眠っていられない。見覚えある木が見えてようやく、香る潮風が薄れたと気づいた。


「みなさん、着きますよ。変わりないですね」

「いやあ、クレッタさんとラマテアちゃんが乗り物酔いしちゃったみたいですね」

「私もだ。まあ、乗り心地としては上から数えた方が早いがな」

「わかりました。幸いにも宿の手配は私の担当なので、広場あたりで待っていただいて、キメラさんは護衛に」

「人使いが荒いな。カティ、そっちは任せるぞ」

「おっけい。キメラさんよろしく」


 複数の道の交点にあるドヤ街を歩く。中身は多くが旅商人で、定住者は引退した商人しかいない。清掃に協力したら名前を掲げつつ安く泊まれる。暇つぶしの運動に金と信用がついてきて、立地もちょうどいいなら、当然に人が集まり新たな流れができる。


 彼らにノモズの顔を売っておく。挨拶から付近の事情まで共有しておく。商機に繋がる情報は誰もが喉から手を出している。直接的な品不足よりも、間接的な事情を好む。話の使い方が多いほど、誰かに売る材料にもなる。


 鍵を受け取りがてらの話を、もう少し続けたい所で切り上げた。三人が待つ広場へ戻り、その先にある建物へ向かう。


「キメラさん、彼女たちとはどうです」

「頼れる奴らだ。外にいられるのが不思議な方面でな」

「それは、よかった」

「言い淀んだな。聞かないでおいてやる」


 キメラは顔色を見て、話を遮ろうと遠くへ手を振った。広場のカティが応える。昨日のノモズを見た後では、あの三人にも裏を考えてしまう。自主的に動かせる、仕組んだ恩かそこらを。


 そんな考えは後にして、今はこの場について認識を共有していく。


「二泊だったよな。周囲の連中は?」

「どこかの商人で、男性ばかりのグループです。例の連続殺人とは無縁なので、気が立ってはいないでしょうね」

「その分、現れるとしたらこっちに集まるわけだ。とはいえ、男ばっかりなら助かるよ」

「というと?」

「匂いだ。男の匂いのほうが動物たちの反応がいい」


 キメラの言は経験則だが、同時に事実だ。雄が持つ匂いを異種は、特に狩られる側は悪臭に感じる。その感性の有無が野生では生死に直結する。


 同じく運動をするがキメラより都会育ちの、カティがひとつ口を挟んだ。


「キメラさん、意外と性差別的」

「そんな感性は野生では通じないんだよ。自分が生きるために同族だろうと見捨てて、どんな手でも使って、結果的に生き残れた奴らだけが今を生きてる」


 野生とは、アナグマそのものだ。故郷だろうと血縁者だろうと見捨てて、使える策略をなんでも使う。他を弱らせる言説もだ。


 少しとはいえ流れが悪くなったところで、今度はノモズが話を切り替えた。


「みなさん、宿はここですよ」


 大部屋をカーテンで区切って使う部屋だ。旅路を同行する相手は当然に気心が知れていて、掃除が楽な恩恵は利用者にある。文句はないが、初見では驚いた。


 一行が入る様子を遠くから眺める男がいた。キメラはもちろん気づいたが、距離があって接近もしてこない。対処は後にして特徴だけ覚えておく。帽子の印象は街中で見覚えがあった。


「どうしましたか」

「そのまま聞け。記者風の男で、老齢。遠いから猶予は多い。どうする?」

「どうすると言われたら当然、どうもしないですが。体躯は?」

「細身で一七〇くらいだ」

「知る範囲だけで四人、お任せしますよ」


 ノモズとの話に、好奇の目が集まった。この距離で身長を答えて、珍しい芸と思われているらしい。目線を水平にした一直線上を見るだけだが、普通はそんな行動をしないと言われれば納得はする。


 詳しい説明をしながら、キメラは部屋の壁を叩いて回った。ああいう手合いがいるなら、どこからか盗み聞きの可能性は大いにある。壁はもう見慣れた煉瓦だが、どこかに細工があっても不思議はない。宿屋とはそういう場所だ。特にアナグマにとっては。


 同時に、別の懸念が浮かぶ。ノモズとの話が早すぎたか。危機への対処を優先したが、杞憂に終わればリスクだけが降りかかる。誤魔化すには腕を誉めるが早い。


 さらに次の懸念が押し流す。ノックの音が飛び込んだ。高さから推測した身長は件の記者風の男と一致する。手振りでクレッタに開けさせて、キメラが斜めから観察し、ノモズが顔を見せる。彼は定義正しい挨拶から話し始めた。


「突然の訪問をどうかお許しください。僕はアシバ地区の記者でテクティと申します。あなたはノモズさん、で間違いないですね。お節介かもしれませんが万が一に備えて、忠告をしにきました」

「おっしゃる通り、私はノモズです。テクティさん、聞き覚えがありますね。たしか調査記事の、おもちゃ工場の動向について書かれた方。ご本人ですか」

「もうずいぶん前ですがね。ノモズさんが何か話をしに行ったまでは存じています」


 牽制だ。キメラには初耳の事情でも、相手について知っていると明かすなら、確実に牽制だ。人数も武器も大人しくても、この流れは突発的な抗争そのものだ。


「おかげさまで。淹れたての茶を出しましょう。きっと忠告を元に考える助けになります」

「その前に済むくらい短いと思いますがね」


 テクティの言葉を無視して、クレッタは荷物から茶器と茶葉を出す。設備は自前で、こちらはラマテアが担う。いつでもこうして客人を招く備えがある。


「あの連続殺人をノモズさんもご存じでしょう。ここはアシバ地区から遠い。旅路での最新情報はどこまで?」

「昨日の朝刊までは。その後の新情報は、恥ずかしながらからっきしです」

「では聞いてください。周期が不規則になりました。ちょうど三日に一人だったのが、ここで読めなくなってる。狙いは変わらず女性のみ、凶器は変わらず刃物。とはいえ、こっちもどうなるか」


 テクティはメモ帳を明かしながら話す。手の位置が見やすく定位置があるだけで大助かりだ。自分には危害を加える意思がないとアピールしている。覗き見ると、少なくともその一枚に書かれた通りに話している。この男は一定の信用ができる。


「私たちが今日や明日に狙われるかもしれない、と。周囲は男性ばかりで、女性がここに集まっている。狙いやすいでしょうね」

「その通り。さてここからは交渉ですが、僕はしばらく、遠くから出入り口周りを眺めたい。その許可をいただきたく」

「見張り番ですか。取り押さえる期待は」

「そこまでは。僕は犯人を知って、皆に知らせたい。ほとんどゴシップ誌ですから、それだけです」


 二人の会話には言外の意図が増えていく。キメラは信じるしかない。ノモズならこれで押さえるべき点を押さえてる。ほとんど他人事だったところに話が振られた。


「ボディガードにも相談させてください。キメラさん、どうですか」

「は? ああ、眺めるのは構わんが」

「構わんが? 何かありますか」


 ノモズの顔には言っていいと書かれていた。自信満々な目だ。すでに勝ちを確信している。ならば忌憚なく答える。


「仮にあんたが犯人なら、こうして見張る理由があるんだよな。遠くから細かな仕草で好機を知らせ放題だ。私らに気づかれずにな」


 テクティは大きく頷いた。想定していた問答らしく、すんなりと答えた。


「それは、僕は違うけれど、根拠は出せない。信用いただくしかないですね。もし断ってくれたら、二度と顔も背中も見せないと約束します」

「顔も背中も見せないで好機を伺う、とかな」

「確かにその解釈もできる。リスクを避けるのは当然ですが、見える位置から見張られる方がまし、とも言えますよ」


 乗せられた。舌戦においてキメラは足りなかった。次の言葉の前に、言い淀む様子を見せるより前に、ノモズが手を横にした。いくつか小さく頷いて、キメラに耳打ちを一つ。続いて答えを出した。


「いいでしょう。きっと私もやがて犯人と関わります。先んじて情報を得られるなら願ったりです。それとは別に、詳しく教わりたい話も山ほどあります。せっかくなのでいかがでしょう。今日と明日なら時間があります」


 ノモズは右手を出す。互いの納得を得たら、テクティも右手で握った。


「なんでも話しますよ。言い方はあんまりですが、チャンスとして最高です。もし現れるならここしかなく、今の僕は他の調べものもない」

「そうですね。他の皆様にも挨拶くらいはしたいですが、無理にとはいいません」


 今度はノモズの牽制だ。キメラは手足の動きばかりを見ていたが、他の情報でも何かが見えるらしい。後でネタバラシを教わっておく。今は耳打ちの通りに、テクティの動きに目を光らせた。

夏休みのおかげで元気になりました。

溜まってたあれこれを片付けたのだ。

次以降は元どおりの毎週月曜日になります。

よろしくね。

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