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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国
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A44W05:代議士の鉄面

 ノモズと一行は駅へ向かう。二頭の馬に二人ずつで乗り込み、一人のときほどの速度は出せずとも、人の足よりはずっと速い。定員オーバーで置いていったキメラがどんどん小さくなる。合流地点が駅だ。ニグスが用意したであろう追手を撒く。


 カラスノ合衆国で駅と言ったら、長距離を移動する途中で馬や牛を交代するための建物を指す。簡素ながら休憩部屋と物販があり、管理人が事情を認めれば備え付けの寝台も使用できる。もちろん通常はそんな事情がないので、手持ちの寝具で休憩部屋を使う。


 鉄道がある地域の者はこの施設をコラルと呼ぶが、ノモズには駅の方が馴染み深い。


 後から来るはずのキメラを待つ。一度は通った場所だ。旅程の最後の一泊の直後の、御者が待機したと伝えている。分かれ道こそあったが、彼女なら覚えている。ノモズは信頼している。


 陽が傾いても同じく待つ。四人のうち三人は休憩用の部屋でくつろぎ、たまに一人が交代を申し出ても、ずっとノモズが自ら外に立つ。夕方になってもまだ待つ。管理人も見かねて声をかけてきた。


「お客人、そろそろ閉める頃合いですが、寝具の用意はありますかな」

「ありますとも。思いのほか長くお邪魔してしまいました。すみません」

「ひとつですが、柔らかな寝台がありますよ。よければお使いいただいて。こっそりですよ」


 管理人は鍵を見せた。この形に対応するのは、休憩室の向かいにある、職員用の部屋にこんな鍵穴があった


「私たちはただの旅人なのに、いいんですか」

「ノモズさんでしょう。アシバ地区の。せがれが助けられてると聞いています。おそらく名も知らぬ大勢のひとりですがね。だからって知らんぷりはできませんで」


 管理人はしみったれた話をする。着いてすぐは若そうな顔つきに見えたが、こうして話すと老人らしさが目立ってくる。


「私でなく、これから来るはずの彼女に使わせてもいいでしょうか。一番の功労者なので、私には労う義務があります」

「私が信頼するノモズさんが信頼する人なら、歓迎ですとも」


 管理人は笑いかけて馬に乗り、駅を去った。方向は港町キエーボ側で、もしかしたら途中でキメラに会うかもしれない。人相こそ伝えていないが、とりあえずで声をかけたら。変な結果にならないよう願った。


 願いは直ちに叶った。ほとんど入れ替わりでキメラがその場に現れた。街道とは逆の、森林側から。


 理由は分かりきっている。ノモズは先に扉へ駆けより、入るように促す。中の調度品のうち動かせそうな棚を押す準備もしておく。


 その動きを見てキメラも勘付き、小走りで入っていった。棚を動かす前に事情を話し始める。


「待てよノモズ。別に追われちゃいない」

「あらそうなんですか。ではなぜ向こう側から?」

「追手を撒くためだ。そろそろ落ち葉も多い時期だから、下手な奴が動けば足音が鳴り放題の見つけ放題で、あいつらはすっかりびびってすぐ諦めたよ」

「殺しましたか」

「まさか。不利になるだろ」


 ノモズのひと安心と同時に、今日軽日の扉も開いた。こうなった原因のカティは積極的に動く。


「キメラさん、さっきはごめんね。走れると思ったんだ」

「気にすんな。あんたの判断は正しいよ。三人も乗せたら馬が走れなくなるし、足止め役も必要だった」

「じゃああいつらはまだノモズを狙って?」

「一応な。けど親玉以外は雇われただけのチンピラだ。統率もないし、腕前もない。あんたの、走れる想定をした健脚のほうがよっぽど上だよ」


 喧嘩を想像していた様子から、拍子抜けするほど穏便に話が進んだ。カティは体力自慢で、アナグマにも同等以上を思っていた。故に万が一を考えてしまった。


 その話を聞いてクレッタが手帳に記録していく。ノモズは見慣れているが、キメラが突っかかる場合も考慮して、説明の準備だけはしておく。


 非常食をふたつ開けた。ブリキ板を叩き割り、大皿に出して、全員でつまむ。大きさの都合でキメラが来てから開けたかった逸品だ。これまで担当する時刻がずれていたので、初めて食事を共にする。


 キメラは戦地の常として兵糧丸を齧ってはいたが、それでも大きな食べ物を前にしたら食欲は出る。一時的に補う分にはなかった、次につなぐための栄養を求める。こうして補充するから戦場では兵糧丸だけで動いていられる。


 着席して、食前の挨拶をつぶやく。


「いただきます」


 ラマテアを除いた四人分の声が重なる。ここで真っ先に口を開いたのはクレッタで、すぐにカティも続く。


「キメラさん、意外にも信心深いんですね」

「ほんとね。私たちはノモズの影響だけど」


 そのノモズは私の影響だぞ、と普段なら言うところだが、この場はアナグマだけの集まりではない。別の話が必要になる。しかも嘘ではない内容を。動作に不自然を出す要素は除いておきたい。


「ノモズは前にシスターをやってただろ。その頃に初めて見たんだ。意外な所で繋がってるんだよ」

「じゃあキメラさんもノモズの影響で?」

「どうだかな。他の奴らも見てたからな」


 話が伸びるほど隙も出やすくなる。軌道修正はもちろんノモズが担った。


「割り込みになりますが、早いうちに私からひとつだけ。今回はすべて計画通りに進みました。みなさんのおかげです。ありがとうございます。必要な連絡はこれだけです」


 その場にいなかった二人は控えめな拍手で祝う。一方で、間近に見ていたキメラとクレッタは納得いかない顔をした。


「あれで計画通りぃ? 私は聞いてないぞ」

「私もです。てっきり決裂と思いましたが」

「そう思うかも、しれませんがね」


 ノモズは食器を置き、口元を押さえて話す。普段よりも俯き気味になって髪が顔を隠す。


「交渉とは、互いの利害を調整して合意を形成する、と。もちろんそう考えるでしょうとも。だから納得しないのですね。ですが今回は、本当の目的があります。交渉の席についた時点で達成でした。あの書類を渡し、ニグスの腹の底が見えた。大成功です。あの男は必ず、書類にある情報を利用します。相手の行動により得た情報を見て、自らの優位を誇示するために、大っぴらに動く。彼はそういう男です。昔からずっと。ゆえに、ニグスはこれから私の掌で動きます」


 ノモズは珍しく笑っている。顔を伏せて、腹を震わせる。座席の都合でその顔はキメラだけが見えた。口角をどこまでも吊り上げて、目を閉じたも同然まで細めて、愉悦に満ちたせせら笑いを。


 キメラは、これまで肝が冷えたと感じた全ては偽物だったと知った。


 これまでのノモズは、誰に対しても微笑の仮面で接していた。血生臭い山に向かわせるときも、ガンコーシュ帝国に送り出す時も、ずっと穏やかな顔で指示を出していた。


 今は腹の底に続く蓋が開いている。巨大な何かがあって、不用意に踏み込んではいけない。キメラの勘がそう告げている。同時に、興味もある。あのノモズがこうなるまで、何があったのか。


「随分な信用だな。そりゃあ私も異論を挟むほどの意見はないけどさ」

「そうでしょう。話せば長くなるので、少し夜風にあたってきますね」


 ノモズは席を立った。まだ少ししか食べていないので、一応その付近を残しておく。部屋に残った四人はノモズについての話を始めた。出会ったきっかけから関わり方まで、アナグマ関連を除いて話していった。


「クレッタは、キメラさんを利用して知ろうとしてるよね」

「利用できなくて悪かったな。担当じゃないんでね」

「カティさんは、私を利用してキメラさんの好感度を稼ごうとしてますね」

「そのまんま言えよ。全員もう好きだぞ」

「エッ本当に?」

「恋人以外だけな。もう相手がいる」


 キメラには珍しく、何の意味もない話が続いた。アナグマでは多少なりとも目的がある話ばかりで、存外こんな時間も悪くない。たまになら。


 ノモズが戻ってからは旅程の再確認を済ませて、歯を磨いて、安心して眠った。翌朝からは牛車で進む。しばらくは御者なしで。

おわびの後書き


3章1節はここでおしまいです。

今回は少しだけおわびをお話しします。


 日本に詳しいみんなはご存じの通り、

6月はとっても暑かった。

その猛暑日軍団が去ったあとは、

過ごしやすい日が続いています。

けれども壊れた習慣を作り直すには、

まだ簡単とは言いがたく、

筆が重い日になってしまいました。


 なので私は夏休みを貰います。

来週と再来週をおやすみにして、

整えに集中します。

再開予定日は8月1日(月)です。

見逃し対策も兼ねてフォローを推奨します。


 ところで

再開までただ待たせるのは情けない。

なので前日譚となる読切版の再録を追加します。


 お知らせは以上です。

いつも我が子たちの応援ありがとうございます。

すぐ読んでくれるみんな、

特定の時刻に読んでくれるみんな、

ありがとうね。

私もこう見えて助けられています。

これからもよろしくね。

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