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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国
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A42W03:嘘を言わせる仕事を受けない

 宿に戻り全員に見せた。ミカから押し付けられた真珠らしきものは、今回の交渉では使い道がないのでそのまま隠し持つ。真意をキメラには図りかねるが、ノモズが言うなら信用する。小粒すぎて価値が低いから必要とあれば適当に投げたり使い潰していいと許可も出た。ならばどこかで賄賂にでも使うつもりで大事にしまう。


「あまり落ち込まぬよう。キメラさんにはこの後、夜もありますからね」

「ここでもまだ襲撃があり得ると? お膝元で?」

「念のためですよ。前情報がどこまで信用できるか不明ですからね」


 キメラは露骨に肩を落として見せる。別にショックを受けているのではなく、周囲に印象を振りまく演出だ。そうとは知らない秘書たちが助け舟を出した。


 カティとラマテアは明日の屋敷には同行せず、別行動になる。余分に寝ても構わないからとキメラの休む時間を作り、途中で交代する。


「私は助かるが、そっち二人は大丈夫かよ」

「見てないですか? ラマテアちゃんのあの装置を」


 カティが指す先に並ぶのは、缶詰やら水筒やらだ。意味ありげな置き方ながら、装置と呼ぶには不恰好で、すぐには真意を図りかねる。ピンときてない様子を察知したラマテアが立ち上がった。


「ラマテアちゃんは無口な子なので、あれで伝わってます」

「そりゃどうも」


 動かし始めたらすぐにキメラは態度を改めた。扉に押されて缶が転がり、重心と形の歪みにより曲がって、到着した場所の装置を動かす。水筒が落ちて音を鳴らし、その衝突を動力源にして次の缶が転がり始める。


 二度目の音の前に手動で止めた。改めて元の場所に置き直す。角度と重心を見ながら直していく。この調子でまだ動き続けるなら、早く止めて正解だ。道中の宿で見せずにいた意味もわかった。時間がかかりすぎる。


「よくわかった。それで起こしてくれる、と」


 ラマテアは大きく頷く。長めの黒髪とケープが振り子になる。キメラが静かながら目を輝かせていると気づいた様子で、誇らしげに戻ってくる。


「ラマテアだったな。また今度、安全な場所でもっと見せてくれないか。こういうのは私も好きだ」


 頑なに声を出さないままで、ゼスチャで答える。賑やかなひとときの後でキメラは仮眠をとる。途中でカティと交代する。ここからキメラは、皆が起きたらニグスの屋敷へ同行する。


 平和な朝日を拝んだ。ノモズとクレッタが起きるまで待ち、軽食と身だしなみを確認したら、三人で目的地へ向かう。


 まだ肌寒い朝を歩く。雨はまだ遠い。広々とした土地を歩き、目当ての建物をノモズが示す。門に描かれた白蛇の家紋を目印に、交渉の席へ向かった。


 門番と案内人には話が通っている。ニグスは平等だのなんだのと御大層な理念を掲げながら、使用人を鼻で使い、抵抗する能力が低いと見れば強く出る。言行の不一致、ノモズがやけに嫌うものだ。


 この庭園も、身長以上の木々の迷路だ。明らかに外敵の存在を念頭に置いている。門の外や見通しのいい高台からは見えないあたり本物だ。


 広い庭をようやく越えて屋根の下に入った。ここからはノモズが主役になり、キメラとクレッタは補佐に専念する。指示を待ちそのとおりに動く、楽な仕事だ。同時に、空き時間は周囲を警戒できる。キメラは焦点をどこからも外して戦場の目になる。動くものを広く見る。


 かつてノモズが、ルーキエ・ニグスとして暮らした家のままで残っている。飾られた絵画、廊下を区切る花瓶、柔らかな絨毯。どれも上質ゆえに劣化も遅く、イタズラでつけた傷も含めてそのまま残っている。


 使用人の案内する道は露骨に遠回りしている。これに違和感を呈したり、正しい道に目を向ければ、この屋敷を知っているとわかる。大方そんな計画だろうが、ただの子供騙しだ。甘く見られたものだが、苛立ちを見せても思う壺だ。ノモズは平静のままで血縁上の父が待つ部屋に踏み込んだ。


「ようこそ、いらっしゃいました。私がウル・ニグスです。まずはご足労お疲れ様でした。見合った歓迎とはとても言えませんが、せめて寛げる椅子とは自負しております」

「ウル・ニグスさん。私がノモズで、こちら二人は秘書と警護です。ファミリーネームを持たない私たちですが、ここまで見た品々が立派な逸品とはわかります。又聞きではわからなかった点まで思い知りました」


 調度品が基調とする白に、ウルが着る赤や黒が映える。家財も服装の一部としている。彼の体は細いながらも引き締まり、肩幅はノモズの二倍はある。それでも臆せずに話す。相手の舞台に決して乗せられはしない。確たる意思で立ち向かう。まずは世間話で互いの見識を探り合い、ノモズがいくらか下回る合意を察したら本題に移った。


 書簡で伝えた内容の再確認から始める。昨今のカラスノ合衆国を騒がせる連続殺人において、凶器となるナイフはニグス商会による輸入品ばかりだと耳目されている。


「まさかですがね、刃物の輸入を控えろと? 帝国の刃物職人は一流だ。悔しくてもね。そりゃあ刃物は使い方を誤れば不本意な結果にもなる。しかしそれを理由に、台所やその他の利便性を捨てるのが得策とはとても思えない」


 ウルはさっそく仕掛けてきた。話の矛先を大少しだけずらすのが狙いだ。真っ向からの反論は何を言っても思う壺で、そのままいくらでも話を遠くまで持っていかれてしまう。主導権を得るのは、何について話すかを定めた側だ。


「焦らずに。私には他の方法を提示する備えがありますとも。クレッタさん、お願いします」

 

 ノモズの指示に合わせて、書類の一つを渡した。表紙を含めて十数枚の束の、最初のページを見たところに口頭での説明を加える。


「関連深い業種と活動地域のリストです。どの方も評価が高く実績も豊かで、かつ新たな相手を求めている。あなたなら協力関係を結ぶのは容易でしょう」

「後でじっくり読ませてもらうよ。とはいえ俺にも都合がある。手間が増えれば相応に費用も増える。その分はもちろん末端消費者の懐に突き刺さるわけだが、そうするだけの価値の見通しもお聞かせ願おう」


 ウルは態度を徐々に大きくしている。ノモズが代議士として活動しているとは調査済みだが、商人との交渉経験までは把握できなかった。こうして多大な労力を使ってまで訪れる自信があるらしいが、蓋を開ければとんだ世間知らずだ。利害の提示を飛ばして要求ばかりなど話にならない。目的を共有する相手ならそれでよくても、今は利害が対立している。断るだけで片付けられるが、せいぜい利用してやる。


 そう考えさせる計画が想定通りに進んでいる。態度からわかる。ウルは六年前から何も変わっていない。乗せてやれば動く。あとは最後までこの調子で進める。ここからは綱渡りだ。


「おっしゃる通り。しかしながら同時に潜在的リスクも把握しています。販売数を調査したところ、どうも人口を上回って売れている。不自然にね」

「アナグマが買ってるんだろ。昔から何を売るにもついてくる問題だ。今更そんな意見を出すなら、何かあるんだろうね」

「興味深いことに、道中の護衛としてアナグマの方が来てくださいました。彼女です。アナグマがナイフを買った数を聞いてもいいでしょうかね」


 ノモズはキメラに話を振った。これは仕込みになかった話だ。嘘くささを低減する役にたてばと思って、役に立ちうる手札として連れてきた。


「は? 何を急に」


 と言いながらもキメラは姿勢を正す。注目が集まる。戦場と同じ目がキメラを捉えている。相手の一挙手一投足につけいる隙を探す目だ。


「まあいいか。あんたのとこのナイフは確実に買わないし、誰も使わない。アナグマの道具は全て内製だ。分析用にしても、言うほど多くはならない」

「と、証言する契約できたのだな」


 ウルは強気のままで頷いて受け取る。キメラは舌戦が不慣れな様子を丸出しにして反論する。


「あんたも知ってるはずだろ。アナグマは嘘を言わせる仕事を受けない」

「どうだかな。嘘ではないだけかもしれないぞ」

「私が引き受けたのはボディーガードだが、私用を抑える契約はしてないからな」


 キメラが喧嘩腰になった。いつ立ち上がってもおかしくない。暴れすぎだ。ノモズは腕を水平にして控えさせて、この場でキメラとの話をつける。


「確かに私用を禁じる契約をしていませんでした。ですがここでの喧嘩は私も不本意です。今からでも追加させてください。支払いは後日になりますが、どうか収めていただきたい」


 キメラは二者を睨んで、舌打ちを最後に引き下がった。


「ノモズさんはアナグマと仲が良いのですね」

「契約ですから」

「その様子を見せられては、俺からも言いたいことができた」


 ウルは書類を背後の使用人に渡して話した。


「俺の愛娘のルーキエ・ニグスを知っているだろう。どの新聞でも死んだと報じられたが実は、死体とされるものは一部しか出ていない。俺はアナグマに連れ去られたか、あるいは連れ出されたと考えている。そして」


 勝ち誇った顔をする。


「君こそがルーキエ、そうだろう」

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