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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国
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A40W01:アナグマの流儀

 大陸の南北を隔てる高山が二つ。雨雲を運ぶ風の都合で、南側は雨が多くなる。押し付けられた雨合羽を、やけに嵩張る大荷物だと思っていたが、地上に出たらすぐに認識を改めた。北側よりも雨粒が大きくて多く、少し歩くだけであっても無視はとてもできない。今日の肌寒さがない時期でも、濡れれば低体温症に一直線だ。


 キメラの目的地はカラスノ合衆国アシバ地区にある。大都市からやや離れて、そこそこに賑わいつつも時の流れは呑気な街だ。まずは人が多い方へ向かって中心地へ向かう。雰囲気を眺めておく。人が見せる微細な兆候を読み取る技術は、アナグマの中でもキメラの右に出るものは少ない。背後から近づいてくる、焦り歩く男を避けるのもお手のものだ。


「わっと。ごめんな姉ちゃん」

「気ぃつけなよ!」


 視界が雨と雨具で翳っても心持ちは足取りに出る。記者や移動販売らしき人出が多く、身なりからどちらとも違いそうな連中は確たる目的地を持った様子で歩く。地域性か、雨だからか。判断は別の日を待つ。


 街並みをひと通り眺めて、時間をちょうどよく進めた。再び静かな側へ向かう。知らされた通り、道を埋めるレンガの色を目印にして、商店街からひとつ隣の道を進む。


 目当ての建物の近くで馴染んだ人影を見た。雨合羽を着てもわかる、長い銀髪と整った所作。アナグマの手先として国政に関わる代議士ノモズと、彼女を中心にした秘書たちだ。


 キメラがこの事務所に来るのは初めてだ。小屋程度に思っていたが実際は、ちょっとした屋敷ほどに大きな平屋だった。装飾が質素でなければそのまま屋敷に思ったかもしれない。


 キメラはまず待機し、中で着替えや最初の作業でも整えた頃合いを見計らって事務所に入る。アナグマはノックをしない。突然の侵入者に視線が集まり、依頼人を除く全員が警戒を見せる。


「呼ばれて来た。アナグマのキメラだ。ボディーガードを頼んだノモズは、あんただな」

「その通りです。よくぞおいでなさいました」


 キメラが持たされた最低限の情報に基づいて話を始める。ノモズとはお互い初対面のふりをして話す。出発前に聞いた注文はここまでで、以降は現地でこれから聞く。


 つまりは普段と同じ、秘密の経路からの依頼として進める。ここ最近は内から求められた仕事続きでご無沙汰だった点を除けば、何も面倒なことはない。


「もてなしの準備もなく、たいへん失礼します」

「気にしないさ。アナグマはそういうもんだ。それより詳しい話を聞かせな。別のボディガードが必要になる前にだ」

「もちろんです。みなさんも集まってください。顔合わせをしましょう」


 部屋に秘書たちが集まる。警戒心を丸出しの構えで、位置取りも合わせれば技量がほとんど見える。図らずも並び方が、キメラが見る左側から身長が高い順で、同時に、喧嘩が下手そうな順でもあった。ラマテア、クレッタ、カティ。この三人を示してノモズは話す。


「彼女たちは秘書です。私を合わせて四人を脅威から守っていただきたい」

「脅威がいるんだな。目星は?」

「三つ。まずは昨今のこの地区を騒がせる連続殺人事件から」


 キメラの顔色を秘書たちに見せた。アナグマが関わる一件なら、多少なりとも動揺か出る、と考えていた。結果は変わらず、少なくともこの場での確定はしない。


「二番目に、明日より私たちが赴く交渉の相手。ニグス商会の悪い噂はきっと聞いているでしょう」

「道中も込みってわけだな」

「話が早くて助かります。最後が、新興のカルト団体イコカムをご存知ですか。どうもこの連中が、過激な行動を計画している様子です」


 もう一度、キメラの顔色を見せる。アナグマが人の損害を避ける分、避けきれない目的での別働隊があっても不思議ではない。やはり顔色は変わらず、この場では確定しない。


「胡散臭い宗教団体がエルモ以外にも、な。いいだろう、やってやる。ただしあんたも周りの奴らも、私が休む間は見張れるようになれ。いつでも私を叩き起こせるようにしてな。アナグマの流儀は知ってるだろ? 生きたいものは生き、死にたいものは死ぬに任せる。あんたらにもそれを要求する」


 周囲からの異論を待ち、静かなままだったので、ノモズが代表して答えた。


「アナグマが用意した結果は読み解くにも技能がいる。よく言われていますね」


 警戒を解いた様子で話がまとまり、まずはキメラ先生の観察講座が始まった。短期間で全盲から準盲程度まで引き上げて、それ以降は各自の学ぶに任せる。アナグマは意思を尊重する。弱者のままで虐げられる選択をするならば、その意思に報いる。


 眠りから起こすときは足を揺らせ。血流を助けるポンプ、第二の心臓の役目がある。ここを動かせば起きてから本調子になるまで早い。


 危険を探す時、人を見ても仕方がない。悪人は必ず善良な顔をしている。場所を見ろ。悪人は必ず成功が確実な場所で仕掛けてくる。


 例えば、あの位置が待ち伏せにちょうどいいと念頭に置いて見たなら、異変に気づくまでが早くなる。もっとも、付け焼き刃に任せるのは日中だ。夜はキメラが担う。


 キメラは二つだけを伝えたらもう十分として、計画の話に移った。ボディガードとは体を張る以前の、経路の選択や現場の調査によるした準備がものを言う。余計な危険を最初から除いておいて、それでも仕掛けてきた輩だけを有利な場で迎え討つ。


「キメラさんのその顔は、勘定をしていますね。既に把握しています。まずは片道が十二日、道中の宿や食糧はこの地図の通りです」


 ノモズが拡げた図を見て、追認する。元より互いの分野を知っている。アシバ地区から西海岸はほとんど対角線の位置関係にある。カラスノ合衆国の交通手段は馬か牛車で、記された経路の他は細かな分かれ道しかない。


「船がだめな事情があるんなら、私でもこの経路を選ぶ。何者だ?」

「優秀な部下たちと友人たちの助力あってこそです」


 クレッタへの目配せをした。腰に常備しているらしい手帳の使い込みと、動き始めやすい姿勢と服装と位置。キメラはそんな振る舞いに覚えがある。過信はできなくても、ユノアに近い役目を任せられるかもしれない。


「へえ、あんたが。改めて名前を聞いても?」

「クレッタです。多くはノモズの案で私は調査が主でしたがね」

「感謝していますよ。あなたがいなかったら、初日で危険な橋を渡っていました」

「どうも。とはいえ多くがノモズなのも事実です」


 返事の仕方までどことなく似ている。キメラは初めて、アナグマ以外で尺度を出来事に合わせる者を見た。大抵は自分にとっての話か理念と照らし合わせた話をしていた。これなら、もう少し見てもいい。


「興味がでてきた。あんたらの話を聞かせてくれよ。部屋は余ってるだろ?」

「わかりました。どうぞこちらへ」

「あんたが最初か。楽しみだ」


 キメラの意図を汲んでノモズと二人きりの場を用意した。応接間はこう見えて外にはまず漏れない。雨が上がったらしく、窓からの日差しがローテーブルを照らしている。飲み物の確認をしたら、扉を閉めて、ようやくアナグマ同士としての話ができる。まずは時間を、陽がノモズのコップを照らすまでと決めた。時間をかけたら怪しくなる。


「何が気になりましたか」

「ノモズも気づいてるだろ。あんたの秘書たち、逸材だよ」

「そうですね。詳しくは本人からにしてもらって、いまはこちらの調査結果を聞いてください」


 キメラたちがガンコーシュ帝国に潜入していた頃、ノモズは合間を見つけては各地の資料庫で情報を探していた。中途半端に聞かされた情報の、アナグマの姫、帝国の簒奪者、帰去来ききょらい


 直接の成果はないが、怪しげな情報は見つけていた。百年に一度、記録が抜け落ちた期間がある。それぞれが三年前後の空白になった理由もない。帝国と同様の事態が、他にもあった。思っていたより大きいかもしれない。


「その最初の例がちょうど千年前でした」

「記録に残らない何かが起こるかもしれなくて、しかも大台に乗る時期か。とんでもない時代に生まれちまったな」

「先ほどのイコカムを危険視する理由でもあります。連中の言葉の多くは根拠もないものですが、ひとつ。『千年妖姫』と囁く者がいました」

「姫とも繋がったか。応援がもっと必要じゃないか?」

「いいえ、何もわからずに大きく動くのは危険です。だから少人数の潜入組を呼びました」

「本命はユノアだな。脚の骨を折ってしばらく動けないが、やがて回復するそうだよ。ああそれと、他は全員、怪我もなしだ」

「よかった、本当に」


 ノモズは湿っぽい匂いを纏った。まだ眼鏡に慣れない様子で指をぶつける。使い方は液体や気体が飛び込んできたとき、直接は目に当てないための盾らしい。秘書たちには持たせないあたり、伏せる価値があるのだろう。


 コップが光を受けて時間を伝えた。向かいに座る者を入れ替えて秘書たちの話を聞いていく。任せられる範囲を頭にいれて、調査結果と不意に向きあう場合にも備えた。明日からの旅路で来る可能性だって大いにある。

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