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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
幕間 2章 - 3章
39/89

A38UW4:幕間『駐屯地の高官』

 2章9話と同時刻、ガンコーシュ帝国の駐屯地に私兵が集まっていた。


 森林を切り開く手始めとしての一帯は、外部の目から離れた武器庫であり、同時に都市でない環境に慣れる訓練施設でもある。地面がでこぼこで、地均しもできない場合の振る舞いを身につける。虫が飛んでくるし、動けば周囲の音が変わる。短い日照時間が過ぎ、赤い空と申し訳程度の反射光だけを明かりとする。


 将来的に帝国の地位を確固とするための一手を進めている。


 指揮官として管理するハイカーンは苛立っていた。思惑では、仕上がった斥候が戦場で暗躍し、側面を取る部隊の道を確保するはずだった。スットン共和国が空を手にして増長し、帝国が反撃する形を作り、前線を破った勢いで領土を拡大する。共和国の技術や資源を接収する手筈だった。それが蓋を開けたらなんだ。

せっかくの兵を五人も失い、なんの情報も得られなかった。単に停戦だけで止まった。


 アナグマの行動理念が見えてきた。勢力バランスを維持し、終わりない闘争の世界を求めている。だから面白い。ハイカーンを滾らせる相手の中で、最も見えにくく、ゆえに最も手強い。宗教団体エルモとのつながりを探り、戦禍に伴う物流の混乱に乗じた潜入を疑い、避難民に乗じた潜入を探った。明確な結果はひとつもないが、気配だけは感じている。


 司令官室を訪ねてきた将校の凡庸な息遣いをすっかり無視して、別ルートからの情報に基づくアナグマとの接敵を心待ちにしている。頭を丸めて引っかかりを減らした。服もすぐに一枚を投げ捨てれば動きやすいニッカポッカと最低限の防弾チョッキで自らも戦える。


「ハイカーン様、報告は以上ですが」

「よろしい。貴官も今しばらくは待機、まだ何かあるのかね」

「浅慮を承知での疑問です。先の彼女の言葉をなぜ、こうまで信用するのかと」


 ハイカーンは笑った。声を上げて、肩を揺らして、短く。


「あれが口を挟み始めて以来、帝国は滅茶苦茶だ。だが気づいたかね。今日の奴は表情が違った。知らせによると昨夜、何者かと接触していたそうだ。やつもまた、口を挟まれているのだろうよ。さらに辿ればおそらく、再びアナグマに行き着く」

「はあ。アナグマが関連すると信用できるのですか」

「信用などできなくともよい。これはチャンスだ。アナグマの情報を得られるかもしれない、最初で最後のチャンスだ。さあ行け。日没は近い」


 ハイカーンの指揮で総員が持ち場につく。今のうちに軽く食糧を齧る。戦車で、バギーで、茂みで、側溝で、矢倉で、どの方向からどんな規模で来ても対応するつもりで待つ。


 日没と同時に始まった。閃光弾が空を照らした。すぐに次が来る。小規模な爆発音が連続する。情報通りなのは腹立たしいが、せいぜい利用してやる。


「さあ行け! アナグマの連中を叩き潰せ!」


 号令に従い戦車を走らせた。無線通信機で動向を報告させる。敵の数はまず一機、連続する爆発はクラスター爆弾の類で、発射される位置からみて遠くに少なくとも二機。


 その動き方、陽動だな。ハイカーンは直感した。アナグマはもっと強力な武器を用意できる連中だ。以前に家を丸ごと破壊された痕跡が物語っていた。もしあれがただの愉快犯ならアナグマがそんな奴に劣るはずがない。報告された敵影の少なさも正面から勝つ意思を感じない。陽動と断定するには十分だ。


「戦車隊、砲撃だ。流れ弾には構わず撃て」

「了解、砲撃します」

「バギー隊、道を塞げ。市街地へ周り込み、中規模の道を塞げ」

「了解、市街地の道を塞ぎます」


 ハイカーンは決して片付けられると思っていない。逃げに徹する相手は見た目以上に叩きにくい。向こうはアナグマだ。勝ち目があるから行動している。情報を得られれば御の字とし、そのためにあらゆる手を使う。末端の兵からの報告より、自ら確認した一次情報を信用する。


「私も出る。ルクの二番機、動けるな」

「勿論です。が、自ら?」

「そうだ。奴はおそらく、まともな武器を持ちこんでいない」


 ハイカーンは試作型の小型戦車に乗り込んだ。青と黄の縞模様はダズル迷彩で、昼夜を問わず存在を見せつけつつ、形や向きを見間違えさせる。今回の武装は対歩兵用のサブマシンガンのみで、総じて市街地の民間人を制圧する弱い者いじめ特化型だ。アナグマが無辜の民に優しいのは把握している。そこを利用して、対処を迫って情報源とする。隙を見せれば本来の目的を進めやすくなり、無視したなら選択肢として残る。


 無線機からの報告で位置を把握し、経路まで想定していく。思った通り、エルモの礼拝堂へ立ち寄りやすい道にいる。どこまで秘密を暴けるか、ハイカーンの戦いが始まった。

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