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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
幕間 2章 - 3章
38/89

A37UW3:幕間『秩序の逸脱者』

 アナグマの中枢で、技術部が慌ただしくしている。


 ユノアからキノコに渡して持ち帰った、謎の棒を解析した結果が出た。中のほとんどが形を作るだけのパーツで、二個の小さな球状の何かだけが意味を持ちうる。たったこれだけで理解不能な動きに関わると言われたので、半信半疑ながら念のため分解の限界に挑戦した。結果は芳しくない。


 わかった機能はひとつだけ。外部から何かを受信する。識別装置に似た動作らしい。僅かな差から方向を読み取れるかもしれない。これでユノアの証言と合わせるなら、外部の何かを受け取って不可解な動きを可能にさせていると考えた。


 もっと有力な可能性もある。この棒は関わった道具とは別物で、さも同じ物のように渡された場合のほうが自然に受け入れられる。


 キノコは初めて、理解不能な道具に触れた。これまでは観察で予想をつけられていたが、今回は何もない。受け取る側が空っぽである以上、本体となる装置は巨大なはずで、そんな物があるならどこかで見つけるはずだ。今回のガンコーシュ帝国の他は、エイノマ王国と、少しだけスットン共和国に行ったことがある。もっと奥地か、全く別のどこか。岩盤はきっと貫通しない。


 探そうにも手がかりが少なすぎる。ガンコーシュ帝国は建物が高かったので、見下ろす位置に置けるかもしれない。スットン共和国の情報を加味すると、少なくとも帝国に一機だけの線はない。トンガン山に阻まれる。各地にあるか、もしくは山に。標高を踏まえて可能性がある位置を地図に描き加えていた。


 工房にノックが三回、続いて扉がゆっくり開いた。ぬるいココアの匂いと共に、解析班のセイカが訪ねた。キノコは彼女の意思に気づくと、テーブルをひとつ隣へ移り、コップを置ける手元を作る。


「キノさん、計画はいかがです」

「すっかりだめだめだあ。何もわかんない」

「そうですか。お手上げですね。ココアをどうぞ」

「ありがと。うん、おいしい」


 セイカは隣に座る。近くの机のスツールを取り、キノコと向かいあう形で。話を求めるときは必ず同じ動きで予兆を見せる。


「相談をさせてください」

「聞くよ」

「前提として、私たちは複数の情報を持ちます。あの棒に関する動き。血涙と呼ばれる存在の動き。類似は明らかです。ならばもし、血涙を捕獲したら更なる情報が得られる。そう考えました」

「同意するよ。捕まえる方法も、確かにある」

「実行は」


 キノコは顔を曇らせて、ココアに再び口をつける。確かに方法ならあるが、成功の見込みはまだない。相手は謎の存在だ。力量が不明な相手に手を出すのは誰であっても危険すぎる。加えて相手も人間だ。一方的な干渉のために、流儀に反く覚悟がいる。アナグマの理念ともキノコの意思とも。


「わからない。もっと情報がほしい」

「実行が情報になります」

「そうだけどさあ」

「葛藤はわかります。けれど私たちは、技術を求めるのが役目です。誰の独占も許さない、広く共有するためです」


 セイカは言葉を短く、いつでも事実だけを言う。アナグマに集まる者に多い気質で、彼女は最も濃く出ている。主張はキノコにもよくわかる。あの精密な動きなら実行もできると楽観していられる。


 もっと知りたい。


 正体不明の存在と向き合ったとき、真っ先に出るのが好奇心だ。未確認物体があれば確認する、不明瞭さがあれば明瞭にする。そういう連中が集まってアナグマの技術部ができた。この場で話す二人の他も、きっと同じ考えで待ってる。目の前に特大の星が現れた。掴みに行くのが礼儀と知る。


「そうだね。なんか怖がってたみたい。やろうか」

「わかりました。連絡します」


 食材には感謝を。謝罪ではなく。キノコの記憶に新しい教えだ。この使い方で正しいかどうか、悩みながらも今は動く。極上の未知を狩って喰らう。技術を広めるために一人を犠牲にする、多数側になる故の驕りが混ざる。


 一つを知れば二つの疑問が生まれる。ならば、一つを放棄したら、二つを放棄するのと同義になる。キノコには予感がある。巨大な何かを知らずにいたら、きっと巨大なままで牙を剥く。少しずつでも崩しておきたい。


 手を合わせて内心でひとつ呟いた。見様見真似のあの言葉を。


 生きるために驕る。いただきます。

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