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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
幕間 2章 - 3章
37/89

A36UW2:幕間『病床の観測手』

 表の顔、宗教団体エルモの各礼拝堂には、アナグマの医務室がある。規模は地域ごとに、一般の利用者の量に合わせて用意され、真新しい資材を常備している。人を大切にする信念から、十分な余剰の設備もある。先の戦争でも民間の死者は出さなかった。


 大聖堂には高度な人材と大掛かりな道具も用意している。何かと場所が必要なものだ。同時に、普段は遠くまで動く理由がない者らに威光を示す機会でもある。死の淵から助けられた心境も手伝い、支持をより強固にする。


 加えて地下には、アナグマ専用の空間もある。


 ユノアは治療に専念している。右脚の骨折に加えて、栄養不足の指摘もあった。ここ数日の食事が少なかった。医療班には隠せないし、気づかないふりもしない。きっかけまで掘り返して原因を見つけ出す。すなわち、目の前で見た人間の死体を。


 どうせしばらくはベッドの上で動けないからと、後輩にあたる者たちが指導を求めて集まり、ユノアは応える。物事を見るコツや見つけやすい尻尾を語る。意識を向ける先、音の隠し方、場所の選び方。日を重ねても新しい顔が尽きない。きっと一番堂やノモズの周囲にいたら永久に会わなかった連中だ。いい機会になった。


 明日からリハビリと決まった後で、意外な受講者が一人だけで現れた。病室の扉の左右には、通気孔を兼ねた網状の窓があり、シルエットと少しの色が見える。長い赤毛から予想をつけた人物が、ノックの後で現れた。


「エンさん。お久しぶりです」

「本当に。慣れてきましたね」

「全然。とても無理しています」


 エンは二人分の茶を淹れてベッドの隣に座る。スツールに控えめに。ユノアが覚えている姿とは何もかもが違う。記憶の中のエンはもっと堂々としていて、大きかった。


「熱いから気をつけて」

「ありがとうございます。まさかこうして」

「ストップ。ユノアさんは私を勘違いしている。威厳ある皇帝とはイメージ戦略のためで、本当はあなたと同じ、情報を盗み出すのが好きな日陰者です。ひっそりと、したたかに」


 茶に口をつけて喋りの区切りを伝える。コップを置く音でユノアの番だと伝える。勘違いしているのはエンのほうだ。幼少期のユノアが憧れたのはこっちの、目立たずに暗躍する姿なのに。


「不正確な内容を提示し、訂正させたくする」

「私はユノアさんを何も見ていないと?」

「大袈裟に言って、そんなつもりじゃないと言わせる」

「あまり買い被らないで。私だって本当に見落とすことぐらい、あります。最近だとあの都市伝説だって」


 ガンコーシュ帝国に住んでいれば誰でも、一度は耳にする話がある。空に浮かぶ、一ツ目の形をした何か。白と黒と赤の配置から血涙と呼ばれていて、目撃情報があってから空を見ても誰も見つけられずに嘘つき呼ばわりされ、しかし各地で同様の報告がある。


「共和国の調査でその話を?」

「目撃証言だけ。帝国の他で聞くのは初めてで、まだ何も分かりませんよ」


 情報をユノアにも共有した。低空で、跳ねるような動き。そのキーワードと同じ動きを味わった。正確には、全く理解を超えていたとも言える。ありのままに感じた内容を話して、関わった変な棒の話も出した。


「その変な棒が、どこから?」

「口ぶりからは帝国の倉庫と思わせたそうだけど、どこの倉庫かは言ってない。あいつが一番怪しい。今は解析班とキノちゃんが調べてる」

「介錯はしなかった、と。そこだけは甘さがでましたね、先輩」

「気持ちが悪いからよして。それに甘さじゃない。あの状況なら普通は助からなくて、もし生きていれば異常とわかる。これでいい」


 エンの先輩呼びによる嫌悪が他を忘れさせる。道化になり、ユノアはまんまと乗せられる。気づいて苦い顔を見せたら、口角を上げて返した。表情筋でのやりとりができる相手は、ユノアには二人目となる。


「甘さついでにユノアさん、ここにヨルメさんが来ましたか」

「来てない。待って、何がついで?」

「この頃の一番堂で、よく姿が見えなくなるそうで、こっちで見つけてないかと思って。かくれんぼに興味を持ってるんですかね」

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