表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
2章 潜入、ガンコーシュ帝国
34/89

A33U13:ユノアなら大丈夫だ

 ガンコーシュ帝国の城塞は、三つもの災難に見舞われている。謎のテロリストと、壁面の崩落と、大火災。どれを放置しても被害が無尽蔵に拡大する。兵を分割してでも対処にかかる。二箇所は進行を食い止めて、一箇所ずつ集中して片付ける。


 騒ぎの声はユノアがいる火災の真横にも届いている。狙い通り、侵入者を追うには人が足りない。人と残骸の位置を確認して、ほくそ笑んで、脱出を始める。


 落ちゆく瓦礫から飛び降りる。下は整地されているし、十分な助走をつけられるが、単に高さの問題がある。ガンコーシュ帝国に特有の縦長な建築。経験済みの三階より、一階分だけ高い。


 一方で、他のルートには確実に敵兵がいる。積極的には追われずとも、偶然に見つけられれば命はない。


 ユノアの手元に細い棒が転がってきた。ミカが倒れたままで、スカートの下から取り出した。あの理解しがたい道具とわかる。拾っておくが、今はこれには頼れない。不確かなものに救いはなく、練習する時間もない。


「まだ生きてるなら、脱出して。私は先に行く」


 言い残して、感覚を信じて、飛び降りた。


 落ちかけた瓦礫で勢いを殺し、三・五階ほどの高さから地面へ向かう。落下の衝撃をまずは踵で、次に膝横で、腰で、肩で、頭を守る腕で、分散して受け止めていく。一度は跳ね返って二度目に踵と地面が触れるとき、高度と勢いは多少の段差から飛び降りたのと同程度になっている。


 ユノアの身が宙を舞う間に、段差の状況がかわった。瓦礫が小さな部品を弾いて、ユノアより先に地面に転がった。都合悪く、着地の予定地とした範囲に。


 軌道を調整する余地はもうない。膝の下、脛の側面の一点に衝撃が集中した。どうにか生きていられたが、右脚があらぬ方向へ曲がった。立ち上がれない。


 ユノアは直ちに小瓶を奥歯に挟んだ。砕けば破片で歯茎を傷つけ、毒が全身へ運ばれる。今ならまだ、少しだけ待てる。敵より先にキメラが来るかもしれない。口と左目を手で覆う。次の破片から守る。


 左耳を地面に押し付ける。音の減衰が空気中より少なく、遠くの音まで察知できる。ランスホイール号の駆動音を期待して、周囲からの靴音に怯えて、奥歯の緊急脱出装置を構える。今はこれが精一杯だ。


 同時刻の陽動組、キメラとキノコは。


 いつでも市街地に出る道を確保して、帝国の戦車が見えてからは追いにくい小道から小道へ走っていた。通行人はいない。明らかな騒ぎを見せて一般人を巻き添えから守る。定期的に発射する『かんしゃく玉』でさらに注目を集めつつ。潜入班に時間経過を伝える。


 夜を明るくしていた。城塞の壁面が炎を吹いてからはさらに明るくなった。ユノアによる閃光弾で、もっと。方角による符丁を読んで撤収に移る。


「キノ、残り数は」

「二発。ギリギリだね」


 この地域には医療関係者の住居が多い。一般人を巻き込めば、将来的に得られたはずの国益を毀損する。なので戦車は消極的になる。傾斜装甲、飛来した弾丸を斜めに受けて跳弾させる設計ゆえ、半端な攻撃にリスクを押しつけている。


「次で左に。ジャンプ台があるよ」

「塀の中までか。掴まれよ」


 キノコが示した場所へ、エンジン全開で児童遊園に飛び込んだ。車体を傾けて、三輪のうち二輪だけを象の鼻に乗せる。当初は塀の中まで入る計画ではなかったが、念のため把握しておいて正解だった。今回の出方になればどこかで隠れるしかない。


 実際には、隠れてもいなかった。ユノアは広場の片隅で横になっていた。血溜まりはないので、生きていて、ブービートラップの可能性も無しと判断し、拾い上げるために進んだ。広い側との間を車体で遮る。


 兵たちの注目をかんしゃく玉で逸らし、土埃で視界を塞ぐ。後部から飛び出たのが小柄な仲間と認めて、ユノアは手を振って生存を伝えた。小瓶は形を保ったままで左手に持つ。


「ユノアさん!」


 キノコの小さな体を杖代わりにして、ランスホイール号の後方に運び込む。ミカから受け取った棒を先に放り込んで、まずは段差に座る。折れた脚を生きているほうの脚で支えて持ち上げて、奥への移動は適当な支柱を掴んで引く。キノコも手伝ってくれる。


「ぐっ」

「ごめんね」

「急げキノ、ユノアなら大丈夫だ」


 移動に伴う痛みを堪えて、狭い車内に押し込んだ。車内の左右に尻と片腕で突っ張り、脚は前後方向に伸ばす。走れば当然に振動が襲ってくる。少しでも和らげる。


「ミカは?」

「わからない。待つ時間はない」

「仕方ない」舌打ちをひとつ。「撤収する」


 キメラはアクセルを捻った。塀を中から越えるため、最後のかんしゃく玉を拡散なしで撃ち込む。小型化のために威力を抑えていても、弱い部分に集中させれば穴くらい開けられる。馬以上ガソリン車以下の車幅を捻じ込み、門だった穴から出た後は、帝国の都市を端まで走る。


 行き先はアナグマの地下通路へ。注目された今では礼拝堂を使えないので、海辺か山際を使う。状況を見て進路を切り替えられるし、少ないとはいえ『マスターキー』も残っている。負傷こそあったが、存外あっけなく片付いた。


 そう思った。


「おいキノ、後ろに見える青黄色の縞々、なんだ?」

「あれも戦車かな。形はよく見えないけど小型で、ん? これ、もしかして」


 三つの最悪な予感が同時に出た。


 キメラは戦局を見る。小型の戦車、十分な空間がある場所では単に性能が下がるだけだ。ならばあれは、空間に制約がある環境を想定している。例えば、今この場のような。


 ユノアは役割を見る。青と黄色とは昼夜を問わず目立つ色、敵と戦うなら不利になるだけだ。ならばそれは、存在を知らせ続ける役目がある。例えば、周囲への威圧のような。


 キノコは設計を見る。形が見えない、塗装パターンだけで目が騙されている。ならばこれは、将来的に自分でも使う。惜しむらくは、塗装が得意な者を把握していない。


「キノ、観察してくれ。逃げ方を探す。クソ、こっちは市街地戦なんてできないぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ