A32U12:絶望的だけど
家具の配置、服装、得物。カナはやけに備えがいい。どこから嗅ぎつけたか、アナグマはやけに手際がいい。腹芸など抜きで、黙って片付けるのみ。示し合わさずとも三人の考えは一致した。
ミカが先陣を切る。体躯だけなら有利でも、武器を含めたら同等になる。待つ側の特権で、長いナイフを用意できる。鞘から抜いたら短刀と呼ぶべきにも見えた。
二人がかりで相手がひとりなら、すぐに片付けられるはずだった。家具の配置が計画を狂わせる。動くだけなら十分な広さでも、二人でとなるとどこかが引っかかる。パンチの軌道に重なるだけでも十分な役目を果たす。最適な軌道を逸れた一撃など、刃の中に手を入れるのと同じだ。この場は一対一を連続させる意思が出ている。
応酬が始まった。短刀を受け止めてはナイフを払われ、胸ぐらを掴むには装飾の鋭角が阻む。差異は脚に出る。一歩が大きいのはミカでも、地の利が優位を相殺する。右手に武器を持つ限り、障害物を左側に配置した側が優位を得る。
カナの狙いは見え透いている。引き込んで、有利な場で、叩く。引き込めないなら、手近な物を投げつけて、隙を作る。
時間制限を押しつけてやる。
ユノアは蝋燭を放り込んだ。狙いはカナ本人を無視して奥のベッドへ。この場で心中したらどうなるか。前提の違いが捨て身の手を可能にさせる。簒奪者は生存が必須でも、妨害者は死んでも構わない。安全な対処を要求する。
生地の薄い部分から炎が育つ。床から持ち上げて作った空間が酸素の通り道になる。小さいうちに片付けるのは不可能だ。すぐに手がつけられなくなる。
合わせて、前衛のミカは攻め方が大胆になった。大きく踏み込む一撃に対し、もしカナの避け方が悪ければ炎に引き摺り込める。煙と陽炎で視界が欠けても、ユノアの目ならまだ見える。手についた燃えそうなものを炎へ投げ込んでいく。動線塞ぎの巨大な本棚からひとつ、くだらなそうな本を取った。
これは使える。
左手でページを千切っては丸め、右手を銃にする。人差し指と薬指で挟み持てば薬室で、手の凹凸は照準器で、親指が引き金で。そして中指が激鉄になる。
弾丸が丸めた紙では軽すぎて擦り傷にもならないが、目に当たれば視界がなくなり、振り払えば姿勢が崩れる。わずかでいい。隙を作れば前衛が決めてくれる。
弾は無制限に使える。試しに炎を潜らせたら火の玉になって襲いかかる。戦場に新たなルールが加わり、位置取りがさらに変わる。ユノアからの火球がカナを側面から刺す。狙いを背中寄りに偏らせて後退を咎める。距離の主導権をミカが握った。
ここからの応酬は短く、カナの背中が床に触れた。元より優位から始まっている。よく耐えたほうだ。
脚をばたつかせて接近を防ぐが時間稼ぎにもならない。身を起こす軌道は炎と刃で塞いでいる。既に勝負は終わり、残る可能性は道連れの有無のみ。
ミカは体重をナイフの一点に集中させた。ユノアからは見えない位置で、カナの手が短刀の角度を変えた。
結末を見届ける前に異音が次のルールを告げた。
金属が折れたような、短く不快な音。発生源は部屋の奥にある。壁が倒れて、廊下の先まで倒れて、ちょうど夜空に輝く爆炎が部屋を照らした。城塞の仕掛けか、炎による影響か。他の方向からは聞こえず、鉄骨が軋みながら傾くあたり、きっと下の兵たちも慌てている。ユノアにとっては逃げ道でもある。嬉しい誤算だ。
光源はさらに増える。バックドラフト。炎を育てるには酸素が必要で、他のガスが新たな酸素の流入を押し留めていた。密室に新たな通り道が開いた今、ガスが逃げて、逃げた分だけ酸素が飛び込み、炎が一気に強まる。
前にいる二人分の上半身が炎で包まれた。ユノアは咄嗟に伏せて、最初の火勢が落ち着いてから確認する。鮮やかだった金髪は見る影もなかった。ミカは燃え殻を纏っているが、まだ生きているらしい。動きは左脚かその付近を庇っていて、真下に血溜まりがある。背中側にも。
その傷で移動は。絶望的だけど、あのミカだからもしかしたら。
ユノアは遣る瀬無さを飲み込んで、今は自分の脱出に集中する。
閃光弾の使い所だ。飛ばす方角を符丁にして、仕事が完了した知らせをキメラに伝える。副産物として、レンズ越しの目を塞ぐ。時間は三秒程度、目を塞げるのは追加で二秒程度。脱出するには十分だ。
この部屋を視認するには望遠レンズ越しになる。上から見るには煙が邪魔で、下から見るには壁だった塊が手前にある。まだ顔や姿を伏せていられる。
経路の目星は、一応ある。




