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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
2章 潜入、ガンコーシュ帝国
31/89

A30U10:声が大きい

 ほとんど無人の宿舎を堂々と進む。


 伏兵にだけは警戒して。ミカが扉を示し、ユノアが扉を開けて、ミカが検める。一挙手一投足を取り越し苦労にしながら二階へ、そして三階へ登っていく。


「クリア。この先は階段と情報室だけど、遅れは?」

「ない」


 ユノアは短く答えてお喋りを拒否する。頭に入れた間取り図との差異はどこにもなかった。情報が正確なのは喜ばしいが、安心するにはまだ早い。


 城塞の付近でテロ活動が起こった上で、鎮圧の兆しも見えないからといって、都合よく進みすぎる。几帳面な帝国がこんな単純に穴を開けるか、妖姫派の考えが入っているのか、兆候を探っている。


 そんなものは見つけられずに情報室の前に着いた。広さから人員は同時に三人程度と想定している。聞き耳を立てて操作音や言葉を探る。同時に聞こえる数から、おそらく二人と判断した。バラバラと紙を捲る音と、通信を送受信する音。宿舎の人員を呼ぶときはこの部屋を経由する。


 ハンドサインで足並みを揃えて、仮面をつける。視界が狭まるリスクと引き替えに、顔を伏せる利を得た。懐から花火を出して、扉の逆側に設置して、ここまでの爆発音に似た音を聞かせる。


 珍しい状況で、ごく短時間での判断を迫る。流れ弾が来たと勘違いさせる。命の危険を想像するだけで心拍数が上がり、血圧が上がり、思考から冷静さがなくなる。突発的な反応が増える。


 扉を静かに開けた。


 ねずみ花火を投げ込んで判断をさらに鈍らせる。狭い部屋で、煙と火花を吐く何かが、足元で暴れているる。通信兵とはいえ人間も動物なので、目は動くものを追ってしまう。


 並行して、動きが見えないシルエットが一直線に接近した。服装から味方に思っても、中身が違うと気づいた時にはすでに手が届く。ユノアが投げつけたガラクタで顔を覆わせて、拳の衝撃を胸骨に叩きつけた。


 見えている一撃は耐えられる。無意識のうちに筋肉が受け止める準備を整える。同じ攻撃でも目を塞ぐだけで威力が膨れ上がる。突進の勢いが乗った一撃を、無防備な体で。訓練をしても不意打ちには耐えられない。


 突然の衝撃で思考が一時的に止まる。次にどう動くべきか、見つけるよりユノアの方が早い。別のガラクタをもう片方の顔へ投げつける。時間稼ぎとしては些細で一秒にも満たないが、同時に十分でもある。この時間には横槍なしでやりたい放題にできる。一瞬でいい。


 目の前の一人目を叩き伏せた。二人目がユノアを引き剥がそうとする横から、ミカが姿勢を崩させる。一対一が同時発生する形になった。一人目は自力でユノアを払い除けるか、そうでないならユノアが勝つ。払い除けるには位置の候補が一箇所しかない。候補の一箇所にはユノアの手が待つ。すべての抵抗は織り込み済みで、踊るような共同作業の果てに、掴んだ手首を捻った。


 ユノアが床に押し付けて、隣ではミカも壁に押し付ける。細いロープで親指を束ねたら、調べ物の始まりだ。時間の猶予はわずかしかない。連絡が途絶えたら必ず大軍団が押し寄せてくる。


 腕を後ろで束ねた状態は、持ち上げるだけで肩の関節が異常な方向へ曲がる。膝が伸びて、頭が下向きになる。振り解くにも時間が必要で、先に肩が悲鳴をあげる。ミカが二人を携えて、ユノアは蝋燭を灯す。まずは右手で持たれた兵に問いかけた。


「練習問題から。この建物の部屋の数」


 黙ったままで時間が過ぎた。ユノアは蝋燭を持ち上げて、捕虜の下顎に押し付けた。ゆっくりと近づく間にもタンパク質を破壊するに十分なエネルギーが一点に集中する。ニキビが増えた。


 火をつけ直しながら左手側へ向かい、同じ質問をする。


「練習問題。この建物の部屋の数」

「十七だ。許してくれ」

「声が大きい」


 蝋燭をゆっくり持ち上げて、お揃いのニキビを増やした。右手側に戻って、新しい質問に移る。


「練習問題。帝国の側室の人数」

「今は五人だ」


 右手の捕虜はぼそぼそ声で答えた。ルールを理解した様子で、ユノア以外には聞こえない音量になった。静かに左手へ向かい、同じ質問をする。


「四人」


 蝋燭を持ち上げて、頬にニキビを増やした。すぐ右手に戻り、同じ位置に増やす。


 二人の体はすでに理解している。答えがずれたなら黙っているより大きな火傷が増える。加えて、次の位置も連想してしまった。このまま動いていけば、直線上にあるのは目だ。


「練習問題。側室のカナの部屋」


 まだ練習問題を続ける。これからどんな本命の問題が来るかわからない。目を失いたくない。捕虜への答えを促す状況を整えた。あとは聞くだけでいい。


 期待した通り、同じ答えが返ってきた。


「中央棟の四階だ。その人だけ別室なんだ。信じてくれ」

「四階と聞いてる。四階で住める部屋は中央棟にしかない」


 ハンドサインでミカに聞き出せたと伝えた。あとは本命の質問をする前に撤退したと思わせてこの場を離れる。


 窓側を見る。視界の隅に入るよう髪の先を揺らす。小声で「もう来たか」と呟く。


 人間は自らの行動によって成果を得たがる生き物だ。難題を乗り越えるほど価値が高く感じる。露骨に聞かせてはならない。小声で、どうにか聞きとらせる。自分だけが見つけた情報にさせる。聞き逃した者より自分の方が優れていると思わせる。


 首の動脈を押さえて昏倒させた。この部屋の用事は済んだ。あとは暫定・妖姫のカナを片付ける。建物が改まっているあたり、本物らしさが出ている。


 情報は足りないが、止まるわけにはいかない。間取りだけは把握している。勝機はある。


 中央棟の四階へ。

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