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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
2章 潜入、ガンコーシュ帝国
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A29U09:これは実戦である

 決行の日が来た。城塞へ潜り込んで簒奪計画を防ぐ。具体的には、首謀者と思しきカナを始末する。


 あるのは状況証拠だけで、他の線を否定するにはまったく足りない。しかし、アナグマが動くにはこれで十分だ。勢力図への影響において個々人の生死は些事であり、仮にどこかの組み合わせで影響が広がりすぎても、他で帳尻を合わせればいい。


 潜入組が待機場所へ向かった。このまま知らせがなければ陽動組も出発する。それまで体操で全身をほぐして、行動食を準備して、道具の点検をする。夕方を待つ。


 出発の直前になってヒイゴスから小瓶を受け取った。小指ほどの密閉された中で、傾けると透明な液体が動く。この薬は危険な時に、奥歯で砕いて接種する。効能はふたつ。苦痛を低減する。情報漏洩を防ぐ。


「二人とも、使わずに済むといいけど」

「その通りだ。キノ、わかるな」

「ええと、よくわからない」


 つまりだな、から説明を始める。キメラは言葉を選んで、刺激を少しでも和らげる。


 小瓶を奥歯で砕くと、破片が歯茎を傷つける。血管への入り口が開く。薬液が全身に運ばれて、速やかに死ぬ。もし敵に捕らえられたらどう転んでも生きては帰れないのだから、拷問を受けるより苦痛が小さく、秘密が漏れる懸念もない。


「わかった。大事にするね」

「この薬、向こうの二人には?」

「持たせた。急に四個も出すとは思わなかったな」


 最後になるかもしれない会話を切り上げて、周囲に誰の目もなくなる瞬間を見計らって、陽動組が隠れ家を出る。二人乗りの小型ビークルが夕闇に包まれて街中を駆けた。


 キメラが運転し、後ろにキノコと武器を積む。五角形のシルエットを作る装甲板が中身を隠している。すれ違った通行人は車体を見て異常を理解した。奇異の目に対し、何人かのアナグマを知る者から情報が広まっていく。


 あれとは関わらないのが一番だ。碌でもない目的で動いているが、巻き添えだけは最小限にしてくれる。民はその話を訝しみながらも嘘とまでは誰も言わない。アナグマの評判は悪いが、一定の信用は築いている。


「キノ、もうじき発見場所だが、異常は?」

「何も。空の血涙も見えない」


 ちょうどこの真上が、ユノアから聞いた場所だ。少なくとも日ごとの周期ではないらしい。簒奪者の脅威を前にして、調査を進めるには時間が足りなかった。ただの都市伝説として、無関係な存在と決め打って動く。


「やっぱり見間違いかなんかだろ。目が飛ぶはずがない」

「目に似た姿の何かって線はあるけどね。きのは思いつかないけど」

「私もだ。次の右折から準備しろよ」


 ビークルの後ろで『かんしゃく玉』の発射準備を進める。小型のロケットで、飛行しながら一定の周期で子供を落として、連続する爆発をばらまいていく。


 今回はさらに小型化して、キノコの身長と同程度になった。殺傷能力が低いとはいえ、直撃すれば大怪我以上は免れない。ガラス窓や植木鉢を吹き飛ばすには十分な爆発で不運な一般人を巻き添えにする。テロ行為の発生を前に城塞が黙れば民の不平を買う。向こうは動くしかない。同時に、もぬけの殻にもできない。


 ビークルは森林部に突入した。巨大な都市が広がるガンコーシュ帝国では貴重な原生林で、整備された林との間の道を進む。獣道同然と聞いていたが、もう少し作為あって整った印象がある。ちょうどガソリン車のタイヤが踏む間隔で草の有無が切り替わる。


「キメラおねえちゃん、いくよ。さん、に、いち」


 まずは照明弾を放った。夕陽が沈んで暗くなると思った瞬間に、新たな太陽が周囲を照らす。明らかな異常を教える。これで住民は普段通りの動きを中断し、警戒心が高まり、次の行動に移りやすくなる。余計な被害は少ないほどいい。将来的にお客様になる。


「うお、まぶし。ヒイゴス製はすげえな」

「だね。後できのの分も貰っとこ。さて次、さん、に、いち」


 かんしゃく玉を放った。本体は城塞めがけて回転しながら飛翔し、途中であちこちに子供を撒き散らす。子供は落下の衝撃で信管が作動する。道路の真ん中で視界を塞ぎ、森林部に落ちて鳥たちが一斉に飛び去る。二発目、三発目も同様に、爆発音と悲鳴を増やす。


「キノ、平気か」

「大丈夫。街側はぜんぶ道路に落としてる。誰も死なせない。それよりさ」

「もう聞こえたか」


 機械が動く音。鳥たちがギャアギャア鳴く奥から戦車らしき音が近づいてくる。無限軌道、自分専用のレールを前に敷いては後ろで回収して、不整地でも道を持ち歩いて移動する。


「揺れるぞ。頭を守りながら撃てよ」

「無茶を言ってくれるよね。まあ、やるけどさ」


 視点は変わって同時刻の潜入組は。


 騒ぎに紛れて、ユノアとミカは宿舎と外を隔てるフェンスを乗り越えた。新兵を含む全員が慌てながら連続する爆発音に意識を向ける隣で、ユノアは制服を拝借し、ミカは叫んで自分たちの正体を隠した。


「配置につけ! これは実戦である! 繰り返す!」


 流れ弾が窓を破る。馴染みない状況と、異常を知らせる視覚情報と、耳に届く命令。その全てを統合し、兵卒の意識は西側の森林部に潜んだ謎のテロリストに集中した。すぐ隣にいる謎の侵入者など、可能性すら忘れてしまう。


 持ち場へ向かうのは兵卒だけで、警備担当は決して動じない。何が起ころうとこの場を守るのが仕事だ。数人なら片付けられても、多数を相手にすればたちまち返り討ちになる。


 把握しているのは間取りだけて、カナが使う部屋までは知らない。手早い調査が必要になる。幸いにも、ユノアには情報源の目星がある。


「もうハリボテになってる。質問部屋に行く」


 まずは拝借した服を着込んで、三階へ向かった。

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