A28U08:千載一遇の機
城塞の地図を出したミカに対し、残りの五人が揃って疑問を浮かべた。最初に口を開いたキメラに同調する。
「どこでこれを?」
「見取り図が国の命運を左右するのは常識でしょう。向こうの内通者もいる。事情通としては当然に抑えておくべき情報よね」
「内通者、か。私はなあミカ、お前がその内通者じゃないかと疑ってる。ここでキノを消したら得する奴がいるからな」
再燃しかけた金髪組の騒ぎはユノアが速やかに終わらせた。痴話喧嘩ならともかく、共通の目的がある今なら、関連の有無だけで詰まった者から黙るしかない。
「仲間割れはよして。図面を調べたらすぐに裏が取れるし、ここまで嘘の兆候はない。気づいてるでしょ?」
キメラは舌打ちで引き下がった。乱暴そうに見えて意外なほど温和と言われる彼女が乱暴な仕草を見せるあたり、初対面の頃にどんな話をしたか、ユノアは時間が空いた頃に確認すると決めた。
感覚の鋭敏さを扱う同士の圧縮された表現を、わかってない周囲のためにざっくり説明した。人と直接に向き合う機会が少ない連中だ。伝わらなくていい。根拠ありと示す部分に意味がある。
発汗、心拍数、目線をはじめ、人間は負荷に反応して必ず些細な兆候が出る。自分自身さえ騙したり常態化させたなら兆候なしでも嘘を出せるが、これは見つけようとしても根拠が出ない。暫定で信用して、動きながらで調整する余地を残す。普段通りに。
「けど一個だけ聞かせろ。お前は金儲けチャンスと言ってセーゼンの遺族に関わりに行った。ところが向こうは、そんな来訪者を知らないと言っていた。どうなんだよ」
「行ったわよ。反応がないから会ってはないけど」
「今なら話せるくらいになってる」
「もう行かない。今日からあの近隣に面倒な奴らがうろついてる。とある若手オペレーターの匂いがついてたからね」
話の矛先がユノアに向いた。黙って、何を言われても無視して、地図と図面を見比べる続きを進める。
手薄な方角は、厳重な位置は、向かう道は、撤退の道は、撤退の道の予備は、撤退の道の予備の予備は。
この場には久しぶりにノモズがいない。誰にも押しつけられず、ユノア自身が決定まで済ませる。一人で思考を進めて地図に赤と青で描き込んでいく。線、印、数字、補足情報。数ある道に使用可能と不可能を割り振る。
ほとんど決めた最後に、専門家の情報を求めた。
「潜入は三日後で、日没直後の四〇分。リカさん、どうです」
「よくわかりました。運送網の目が減る一瞬と夕闇が重なる、まさに千載一遇の機、ですがこのルートなら注意点がひとつ」
城塞の西側にある森林部を指した。
「この付近に何かがあります。地図はずっと森林部のままだけど、きっと新しい駐屯地が。搬入を確認したのは食糧を始め生活必需品と歩兵用の装備で、規模は三百人ほど」
「十五分の距離にね。キメラ、使えるルートは主に赤線で、合流地点は青の×印のどれか。陽動できるね」
「任せな。キノとヒイゴスは借りる」
いけるな、と顔で伝える。キノコは笑顔と右腕で応えた。ヒイゴスは発注票に部品の名前と数を並べる。
「僕はこれを整える。きっと二人の助けになるよ」
「へー! この並びで揃うんだあ」
「わかるかい?」
「もっちろん! 照明弾と『かんしゃく玉』だよね」
「そうとも。きっとみんな驚くぞ」
「楽しみにしとくね!」
陽動班が意気投合する側で、潜入班の話をつける。リカの車が昼の出勤で目的地の近くを通れるので、ユノアとミカを運び出す。夜まで待機して、闇に紛れて都市の裏道から城塞へ接近する。居住区の外壁は薄い網で、目標はここにいる。
「キメラ。私はミカさんを知らないんだけど、山にいたんでしょう。どう?」
「動ける奴だ。険しい場でも軽々と進む。それに関しては頼っていい」
「勝手に私も行くことにされてるけど、まあいいわ。人より強いと自負してるもの」
六人は当日まで準備を進める。
隠れ家には予備の乗り物があり、意図的に余剰のパーツがついている。キノコが必要な分だけ外して、組み立て直して、二人乗りのビークルを用意した。五角形のシルエットで直進性能に秀でるランスホイール号、長らくアナグマを支える定番の機体だ。キメラの運転に合わせた調整を加えて、燃料をぎりぎりまで切り詰めて、乗せられる荷物を増やす。
ヒイゴスは用意した品を調合して組み立てる。小規模ながら派手な爆発が連続し、注意を引きつけるには十分な性能がある。小型化に伴う殺傷力の低さも今は都合がいい。士気は作戦の正否を大きく左右する。もし積極的に殺せたらキノコにはとても負わせられない。
リカがより都合のいい道を進むために、ミカが工作した。当日は普段の道で通行止めが起こり、知った時点から選べる迂回路はひとつだけだ。復旧までの時間と一般人の迂回路を調整して、退路を閑散とさせる。
ユノアは下調べをする。向こうの服装を知り、変装の準備を整えた。誰の目もないセーフゾーンを探し、周辺に外見を加工した道具を隠した。事前情報なしでは誰も目に留めやしない。色と形はただの石ころで、使うときは割って中身を出す。
途中で、宙に浮く一ツ目を見た。ガンコーシュ帝国にずっと昔からある都市伝説だ。オカルトとしては中途半端で、見たら不幸になるとかの話が何も残っていない。どの例もただ見ただけで終わる。そんなくだらない存在でも、発見の報告だけはちらほら続いていた。




