A27U07:カナ・キャスグィ
アナグマの隠れ家に明るさが戻った。キノコはたった一人の小さな身に数々の想いを集めている。もう過ぎ去った日々とは違う。行動を見せるたびに、対応した言葉が返ってくる。
キノコは設計図に目を通していく。どんな人物が携わったのか、どんな目的を目指すのか、どんな必然性があるのか。図面に記された結果を断片にして想像を膨らませる。帝国の息遣いを読み取る。一枚ごとに小宇宙が広がっている。
ユノアが盗み出したのは設計図と契約書が半々で、どちらでもない書類が少しだけ混ざる。昨夜のうちに整頓を済ませていた。今は設計図だけの束から取っては眺めて床に置く。隣のキメラは、覗いてもさっぱり意味がわからない図面を見て、初めてコーヒーを飲んだ後に似た顔をしている。専門家に任せるときに外野ができる手伝いは、脳にエネルギーを供給し続けること。
「次のココアだ。置くぞ」
「ありがと」
言葉は短いままでも、抑揚でわかる。今のキノコはお楽しみの山に熱中している。ぬるいココアをコップに半分だけ、一気に飲んでこぼす事態を防ぐ。いつ飲むとかの余計な考えはさせない。いま飲むよう指示して、水分と糖分を適切に保つ。
家主夫妻のヒイゴスとリカが軽食や小道具を用意し、キメラが運んで最適な位置に並べる。同じ動きを続けて、正午にユノアが起き出したら中断した。
これまで息を潜める暮らしが続いていた。久しぶりに賑やかにできる。五人で食卓を囲み、後回しだった雑談に取り掛かる。
「キノちゃん、元気になったね」
「うん! キメラおねえちゃんのおかげでね」
「よせよそんなの。ヒイゴス、この後の都合は?」
「運よく今日は休みだ。だから話を戻してやりな」
「キメラおねえちゃんすき!」
「よせって。買い被るんじゃあない」
キメラとヒイゴスは旧知で、キノコとヒイゴスは技術班の繋がりで話だけは聞いていた。ユノアは対抗して、リカとの交流を築いておく。
さっそく都合のいい情報が来た。リカは運送業のオペレーターとして地区一帯の交通の流れを把握している。ユノアは詳細を後回しにして、近日中に彼女の協力を求めた。使える道の候補は多い方がいい。
隣のヒイゴスも、製造業のルートで資材の調達ができる。この二人は無害な羊の顔で一角に潜み、情報を抜き取ってはアナグマに流している。
こんな方法で。
普段通り昼食を食べ終えた頃に、アナグマの連絡役がノックの音を符丁にして訪ねてきた。ヒイゴスに案内されて靴を脱ぐ。作業の続きの側で、顔見せぐらいはしておく。
豊満な身を武器にしつつ、服装には暗器の隠し場所が多い。鮮やかな金髪も合わせて、美女の二文字がよく似合う風貌が、この場の六人目として加わった。
「ミカじゃねーか!」
「何よその言い草。私じゃ嫌?」
女二人がじゃれあって、男一人が仲裁する。それぞれの面識のおかげですぐに金髪組として三人セットになった。ヒイゴスの言い方から、キメラは荒立てない範囲で続ける気でいるし、ミカは荒立ててでも続けようとする。
尻目に、ユノアが主導して情報を出す。
「もう聞いてる? シュカラ山で帝国の別働隊を待ち伏せたときに、キメラと一緒にいた女だって。その後で金儲けチャンスと言って別行動になって、私は面識なかったけど」
「きのも初めて」
しばらく役に立たなそうな金髪組を無視して、資料からの情報を統合していく。キノコとユノアで互いの専門分野を出し合って、重なる場所を探す。追加の情報として、リカが知る範囲の流通の動きを合わせる。テーブルに地図を広げて、調味料の小瓶を目印に仮説を出しては可能性の大小を言い合う。
変な名前、変な装置、変なルート。目についたこれらを元に候補を絞っていく。設計図の名前と契約書の名前に対応がある。やけに多いか、やけに少ないかで、目立つものを探す。番号を手がかりに並べていく。
キノコが気になる図面を示した。
「ここからここまで全部、同じ人の図面なんだね。おかしいよこれ。簡単すぎる」
「低レベルな設計ってこと?」
「ちょっと違う。どこにでもある材料や技術で作れて、設備に対して小規模すぎるの」
「あの工場では過剰すぎる、と。じゃああれが必要な図面は?」
キノコは選び出していった。名前と番号の繋がりからユノアがひとつを示し、思った通りそれも選んだ。
「キノちゃん、この組み合わせで三つのグループにわけたら、図面同士で大きさが対応する部分とか、ある?」
「えっとねー。これとこれ。こっちもだ。これも、ねえユノアさん。ひょっとしてさ」
二人は確信した。一つや二つなら偶然で片付けてもいいし、加工の都合でもいい。キノコもまずはそう考えて、メモ帳に大雑把な完成図を描いていった。同じ方向から見た形で、一枚にひとつずつ描いて、並べた。確信がより強まる。
図面の通りに作ったら、合体する。
この場にある内容だけではまだ足りない。あちこちの工場で少しずつ、複数のパーツを作ったなら。
「キノちゃん。こういう例は他に?」
「なかったね。こうして組み替えるより単体で完結させるほうが、接合部の強度も一機ごとの取り回しもいい。汎用性は魅力的だからきのも少しは考えたけど、先を越された」
ユノアは契約書を洗う。三人分の名前を時系列で並べると、几帳面な規則性を持って並ぶ。書類からそれぞれの詳しい情報を見ていくと、露骨に怪しい名前が出た。
「このカナ・キャスグィって名前。途中から省略されてカナ・Cになってるあたり確実に臭いね。玉座を狙う奴はこういう書き方をする。前情報の簒奪者とも噛み合う。新しいからようやく表に出始める頃かな」
「帝国の文化かあ。ユノアさんがいてよかった」
暫定、カナの拠点として浮かんだ住所には城塞があった。地図には登記の都合でそれだけを記されているが、連絡用の情報も合わせると、実際には併設された寮に近い。側室として住んでいれば、些事からはフェンスと歩兵に守られ、大事からは城塞が囮になる。自身の移動を妨げる者も気に留める者もない。
金髪組へ向き直ってキメラを呼びつけた。にらめっこを中断して額を離し、建設的な話に加わる。書類の一部分と、キノコが描いた図を提示する。
「次の目標がこのカナ・キャスグィ、暫定だけどね。こっちの図に似た兵器を見たことは?」
「わかった。見たことはない。元より私は生身の斥候を狙ってたからな」
「オーケイ。計画しようね。私が明日にでも下見する」
地図と合わせて、経路ごとの距離と時間を書き込んでいく。扱える装備はヒイゴスに頼めばある程度は揃えられる。
ここにミカが口を挟んだ。
「その城塞なら見取り図があるわよ。あげる」
左の靴下を脱ぎ、皮膚と同じ色のタイツも脱いで、土踏まずの窪みに隠し持っていた紙を取り出した。




