表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
2章 潜入、ガンコーシュ帝国
26/89

A25U05:いやだ

 キノコは機械の音に集中していた。


 他者による大型装置が横たわる。キノコとは異なる思想で組み上げられたメカニズムだ。爪で叩いた音が反響する経路を聴いて、フレームに覆われた部分を想像していく。例えばこのモジュールは、金属を打ち抜いた際のバリを削り取る。


 ヘッドライトで手元を照らしている。キメラのランタンから届く明かりが減っても視界は変わらない。音に集中するため目を閉じる時間もある。キノコが異変に気づいたのは、ドアノブを捻る音からだった。


「何者だ!」


 男の、野太い声。上から視界を覆って威圧する声だ。懐中電灯で照らされて右手で目を覆う。どうにか先を覗いて、二人分の脚を視認した。


「子供?」

「人質かもしれん。周囲は俺が」

「了解。きみ、もう大丈夫だよ」


 猫撫で声で呼びかけながらゆっくり迫る。両腕を左右に開いて、二人で並んで、通路を塞ぐようにして迫る。


 キノコの記憶の奥深くで、忘れかけていた恐怖が胎動する。アナグマに拾われる前、山麓の都を逃げ出す前、目と耳を塞がれていた頃。周囲の子供は頼りにならず、大人は誰もが牢へ押し込めようと迫る。何を言っても聞く耳を持たず、出来の悪さを褒める連中だった。決別したはずの記憶が再び色づいて目の前を鮮烈に染め上げる。


「こわい」

「大丈夫だ、もう怖くないぞ」

「こないで」

「おっちゃんが守ってやるからな」


 何を言っても聞く耳を持たず、緩慢な歩きで迫る。あの頃と同じだ。キノコは呼吸が浅くなり、手足が震える。逃げようにも、立ち上がれない。脚の力が抜けて、気づかないうちにしゃがんでいた。できるはずの繊細な洞察と思考がすっかり麻痺して、今のキノコは何もできない幼子そのものだ。


 フラッシュバック。過去の自分がどんな状態だったか、完全に忘れることはない。思い出せないだけだ。ふとした拍子に、ちょうど目の前にある情景になぞられて、当時が改めて今になり、今が当時になる。何もできない、味方がいない、話が通じない、孤独な日だった。大海原を漂うのと同じ日々だった。


「パパとママの所に帰ろう」

「いやだ」

「大丈夫だ。誰が来てもおっちゃんなら守れる」

「いや、いやだ」

「おっちゃんたちは助けるために来たんだ」

「嫌だ!!!! 来ないで!! 誰も!!」


 叫び声が機械まで震わせる。手脚の震えは遠くからでも見える。肘を胸に密着させて、顔の左右を腕で支える。全身の筋肉が硬直する。男たちはキノコに迫る。接触が間近な今、最後の手段が投げ込まれた。キメラからの助け舟だ。


「キノ! 使え!」


 男の片方は声に呼ばれて後ろを見て、床に硬い物が落ちた音で再びキノコを見る。


 小型のダブルアクション拳銃が、ちょうど手が届く位置に滑り込んだ。出発前に扱いを教わった。新しい記憶で過去を追い出す。今は仲間がいる。これがあれば。キノコは引っ掴んだ。爪が床を削る感触を無視して、練習した通りの構えで、男たちに向けた。


 右腕は押し出して、左腕は引き絞る。前後への力を釣り合わせて安定させる。座り姿勢なら脚も使って安定させる。一直線に並べるのが目、照門、照星、そして的で、この状態で引き金に力を込めれば。


 典型的な音が六発。結果に気づくまで、人差し指が前後していた。


 キメラは流れ弾の危険がない位置に隠れていた。銃声が収まり、男たちの倒れた音が続く。これ以上は誰も動かないので、カンテラを灯してからキノコに駆け寄った。


「怖かったよな。怪我はあるか」


 キノコはまだ、あー、うー、あーと無意味な音だけを鳴らす。キメラが近寄るときには、頭の高さを合わせて、腕の位置を床付近にして、移動と発話は同時に片方だけだ。


 キノコの顔を胸に埋めて抱きかかえる。背中をさすりながら優しく喋りかける。


「怖かったよな。キノが生きててよかった。涙は服で拭いていいぞ。鼻水もだ」

「キ、キメ、キメ、キ、キメ姐、姐姐姐、きのは、きの、きき、きの、きのはきのは!」

「よしよし。いいんだ。生きてたら、いいんだ」


 まだ動転して泣きじゃくるキノコを撫でながら呼吸の指示を出す。吸って、ゆっくり、吐いて。大きく吸って、止めて、またゆっくり吐いて。吸って、もっと吸って、まだまだ吸って、止めて、まだ止めて、ゆーっくり、吐いて。脈拍を戻し、酸欠状態から戻し、まずは普段通りに喋れるまで回復させる。


 目では周囲を確認した。ユノアが戻っていた。人差し指を立てて口に当て、死体と持ち物を確認する。顔を歪めながらでも。


 何かを見つけた様子で、小走りでキメラに合流した。囁き声で情報を渡す。


「今すぐ離れて。音は一切たてずに。裏口前で待機。その後は、外の車をひとつ奪う」

「なんだそりゃ」

「無線通信機を持ってる。私が誤魔化すから、出る準備をして」


 頷いて、その通りに実行する。ユノアが鍵を渡したら、キノコを抱きかかえたままで裏口前に座り込んだ。片腕は使えるので空薬莢をポーチに放り込む。弾を詰め直す。


 ユノアは死体の前で待ち、手足で小さな音を鳴らし続ける。いつ繋がってもいいよう、何かの作業をする環境音を装っている。通信機から定時連絡を求める声が来たら、もう少しだけ続ける。相手が異変を察知しかけた所で、次は口を使った。


「ルゥー、ルゥー。ルゥー、カッ。こちらホメオスタ区オペレーターです。騒動は鎮圧しました。現在、負傷者の応急手当をしています。完了次第、侵入者の身柄はその後に引き渡します。場所はフュンフ地点、到着予定時刻は九時四七分です。要求ひとつ、拳銃弾の摘出準備を要求します。以上です」

「了解、待機させる。以上」


 通信が切れた音を確認したら、手持ちの蝋燭で銃創付近を炙った。やがて服に燃え移り、二体から得られる情報を破壊していく。キメラの元へ合流して、車ひとつに乗り込んだ。ハンドルはユノアが握る。


「少し聞こえてきたあれ、なんだ?」

「帝国の地区オペレーター。現場の手が開かない時なんかに代理で通信する職業で、今でも同じ音と言い方かどうかは賭けだったけど、どうにかなったね」

「ほー。行き先は? 来た道とは違うよな」

「そうだけど『こんな天気だとね』」

「わかった」


 ユノアはこういう所で用心深い。帝国に無線機の技術があるなら、車に仕掛ける手があり得る。キメラは何も言わずにマスターキーの準備をして、左腕はキノコを支える。この調子ならどこかで車を交換するから、後部座席の右側に移動した。全員で同じ方向に飛び出す準備がある。


 ちょうどいい車を見つけたらキメラのマスターキーで扉を開ける。こちらはユノアのピッキング道具よりも短時間で済む反面、音が大きくて、露骨な痕跡が残り、弾数に限りがある。


 乗り継いで、最後には乗り捨てて徒歩で進む。住宅街を通り、ユノアが到着を伝えた。ただの二階建て民家に見えて、ここはアナグマの隠れ家だ。


 ノックの間隔を符丁にして、三人は客人として中へ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ