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33.新しい恋のはじまり

 一日一日が無機質なまま過ぎていく。

 学校がつまらない。

 嵐や涼、北斗が周りにいた時は、早く関わりを断って平和な生活を送りたいと思ったものだ。しかしそれが現実となったのにちっとも嬉しくない。


「……」


 そんな優奈の姿を、涼は陰から見守っていた。

 どうして優奈は元気がないのだろう。嵐の兄である颯に言われた言葉が原因などと知る由もない。


(結衣が何かしたのか?)


 涼の疑いは、優奈を嫌っていた結衣へと向いた。


(気は乗らないけど、調べた方が良さそうだ)





 涼の行動は早かった。

 その日の放課後、腕をぶつけてしまってから会話がなかった結衣を捕まえることに成功した。


「……今さら、何の用?」


 結衣は機嫌が悪い。それも当然だ。自分を選ぶことがなかった男からの呼び出しに、期待よりも嫌悪の方が先立つ。


「優奈のことだ」

「……話すことなんてない」


 すぐに会話を切り上げて帰ろうとする結衣の腕を掴んで引き留める。


「待って。優奈の元気がないんだ。何かしたんだろう」

「……あの女には何もしてない」

「じゃあ一体誰に……」

「あんたさ」


 涼が続けようとするのを結衣が遮る。


「私の何なの? こんな風に問い詰めることが出来る立場だとでも思ってるの?」


 予想外のことを言われて、涼は言葉に詰まった。


「いつまでも好きになってくれない相手に執着しちゃってさ。馬鹿みたい」


 カチンときた。それにそれを言うなら――。


「それはお互い様じゃないのか?」


 結衣だって涼に付きまとった。涼の気持ちなんか無視して、ずっと自分の好きを受け取ってもらおうとしていた。それは本人である涼がよく知っている。


「お生憎様。私はもうあんたになんか興味ないもの」


 そう言って結衣は涼から腕を取り戻す。


「顔と人当たりしか取り柄がないあんたなんかより、もっと私のことを最優先に考えてくれる人が良いって分かったの」


 結衣の顔には自信が溢れている。嘘ではないようだ。


「それじゃあ……さよなら」


 それ以上は涼も追えなかった。力業で聞き出すことは可能だったかもしれない。けれどいくら自分の好きな子をいじめているかもしれない相手であっても女子だ。女子相手に暴力を振るう選択肢など涼が取れるはずもない。


「……情けないな」


 好きな子ひとり救えない。それどころか迷惑を掛けるばかりだ。

 涼は自分の無力さに打ちのめされた。





 結衣は涼と別れ、校舎前に姿を見せた。


「あ、待ってたよー」


 美智が気の抜けた声で結衣に話しかける。

 涼のせいで気が立っていた結衣は、そんな美智の態度に苛立った。


「何の用よ」

「結衣ちゃん、何かあったの? すっごく機嫌悪いねー」


 機嫌が悪いと察していながら態度を改めることがない美智に、結衣は溜息を吐く。


「だから、用があるなら早く言って」

「んー、用っていう用事じゃないんだけどね。……美智の靴を隠したのって誰だったのかな、って思ってさ」

「は?」

「だってなんか、あの優奈って子……鈍感でさぁ、いじめても気づかないし、そんなことする子なのかと思ってて」

「それがあの女のやり方なんでしょ。油断させて自分に疑いの目を向けさせないようにするっていう。鈍感を演じることで守ってあげたいと思わせるなんて、よくある手じゃない」


 内心結衣は動揺していた。だってあの靴を隠して被害者に仕立て上げたのは結衣なのだから。

 結衣としては、自分たちのグループの中で一番弱くて求心力のある美智が被害者になれば、優奈を攻撃するための団結力が生まれると踏んでいた。そして現実として仲間内では優奈が悪いということになった。

 ここで結衣が疑われるわけにはいかない。自分だと発覚すれば、今度は自分がハブられる。


(相手が美智だけで助かった。あの優奈よりもぼんやりしてる美智なら、深く突っ込んでこないだろうし)


「そっかぁ。そういう人もいるんだねぇ」

「そうよ」


(よし!)


 内心ガッツポーズを決めた。


(やっぱり美智はチョロいわ)


 単純でありながら利用価値があり、自分についてきてくれる従順な人間は美智くらいなものだ。

 思えば美智のおかげであの憎い与田嵐をボコボコにできたようなものだ。美智が桜木の連絡先を知っていたおかげなのだから。


「そういえば桜木が結衣ちゃんに会いたがってたよ」

「あ、あいつが?」


 結衣の顔に少し赤みが差す。

 そう、結衣が今気になっているのは、あの桜木憲次だった。

 あの男は与田嵐に対してはいじめっ子であり気持ちの悪い男だが、反面結衣たちには優しい男だったのだ。


「バイト代溜めてバイク買ったから、後ろに結衣ちゃん乗せたいってさ」

「ま、どうしてもっていうなら……考えてやってもいいけど」

「じゃあ今夜、隣町との境の山に二人で行ってみたらいいんじゃないかな。今夜は晴れるって言ってたから、星がよく見えると思うよ」


 美智は女子高生らしく目を輝かせながら、結衣たちの間を取り持とうとする。


「あいつが暇だっていうなら……」

「えへへ~、実はもう連絡取ってたり~」


 スマホの画面を見せてくる美智。その画面には結衣を誘ってほしいという桜木からのメッセージが映っていた。


「美智! あんた知ってて言ったの?」

「えへっ」


 ペロリと舌を出す美智を、今度は怒る気にもなれない。それどころか感謝しかない。


「じゃあね、結衣ちゃん。ファイトだよ!」


 満面の笑みを浮かべて美智は身を返す。


「もう!」


 結衣は今夜桜木に会えると分かって機嫌がすっかり直っていた。もう、今夜の予定しか頭にない。

 結衣に背を向けた美智は、笑顔を消して呟いた。


「じゃあね、結衣ちゃん」

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