29.好きです
「惚れ……られて……?」
呆然と呟いた後、北斗は勢いよく噴き出した。
「っくく……確かにそうみたいだけど……まさかそうくるとは……」
「だ、だって……」
「こういう時、普通は『惚れてます!』っていうもんじゃないの? ふふっ、なんで『惚れられてます』? 俺としては、優奈ちゃんが別の野郎に惚れてるなんて聞きたくなかったから別にいいんだけどね。……っ、あぁ、苦しい」
体を二つに折って北斗は震えている。座っている椅子が合わせて軋む。
この反応に喜んでいいのだろうか。会話を打ち切られずには済んだけれど、好転したとも言い難い。
ひとしきり笑った後、北斗は目の端に涙を浮かべて優奈に顔を向けた。
「あぁ、ごめん、ごめん。優奈ちゃんの言葉は正しいよ。与田を好きだという人間に安易に教えるわけにはいかないけど、与田に好かれてるって人間になら教えるべきだと思うし。ムカつくことだけど与田が優奈ちゃんを好きなのは俺も知ってるところだ。……いいよ、教えても」
「本当ですか?」
「うん。ただ……」
そこで北斗は言葉を切った。同時に彼の顔に影が差す。
「何か問題があるんですか?」
呼吸が苦しくなっているのに気が付いた。北斗が話そうとしている内容が決していい話ではないと、頭よりも先に体が感じ取っていた。
「問題はある。だから与田が優奈ちゃんを好きだと知っていても、あえて俺から話しに行かなかった」
この一週間ほど、優奈の周りは平和そのものだった。それは嵐、涼、北斗の三人が姿を見せなかったからに他ならない。北斗は『あえて話しに行かなかった』と言ったが、本当は『あえて避けていた』のではないだろうか。
「けどこうやって優奈ちゃんは自分で与田の現状を聞きに来た。うん、話さないといけないよね」
「教えてください。与田先輩のこと」
早くなる鼓動と悪い予感を抱えて、優奈は言った。
「与田はね……何者かにリンチされたんだよ。それで今は入院してる」
北斗の言葉を頭の中で何度も復唱して……七回目の復唱を終えた時にようやくその言葉を理解することができた。恐怖、怒り、疑問が体を突き破ってしまいそうに膨らむ。
「ど……ど、うして……?」
「それはまだ分からない。犯人が見つかってないんだ。与田の意識が戻れば話が聞けるんだけどね」
「与田先輩の意識戻ってないんですか!?」
(一週間も経つのに!?)
その事実に、嵐が二度と手の届かないところに行ってしまったように感じた。
「そんなに重傷なんですか?」
「……優奈ちゃん、与田の病院に行ってみたら? どこに入院してるのか教えるから」
引き出しから紙とペンを取り出した北斗は素早く病院名と必要な情報を、几帳面な字で書いていく。
北斗から嵐の居場所を受け取った優奈は、すぐにスマホでバトン部の友人に連絡し、遅刻から欠席になることを伝えた。
瀬古総合病院前のバス停に、優奈は降り立った。瀬古総合病院のすぐ目の前だ。
「北斗先生が言ってたのってここだよね」
優奈が見つめるメモの先には『瀬古総合病院』と丁寧な字で書かれている。間違いない。
メモには部屋番号も書いてあり、それを頼りに受付で場所を聞いて、個人の部屋へと足を向けた。
三階奥の個人病室に嵐はいるらしい。
嵐は意識がないようだが、もしかしたら家族の人が来ている可能性もあるのでノックをしてから数秒外で待った。応答はない。
「失礼します」
小さく開いた隙間から、そっと身を滑らせた。トンと小さな音を残して引き戸が閉まる。
足音に気を付けてベッドへと近づいていく。
(北斗先生はリンチを受けたって言ってた)
それも一週間目を覚まさないほどの。いったいどれほど傷つけられているのだろう。
――見るのが怖い。
変わり果てた姿の嵐を見るのは、勇気がいる。顔が誰だか分からないほど傷つけられていたら? そんな自問をしなければ良かった。足が動かない。
迫る現実に怯えながらも、優奈は少し、また少しと嵐が眠っていると思われるベッドとの距離を縮めていく。
「与田先輩……」
眠る顔を覗き込むと、そこには優奈の知っている嵐が眠っていた。無意識にホッと息を吐く。
(良かった)
優奈の知る嵐の姿がそこにある。嵐だと分かる。
嵐の姿をまじまじと眺め、胸のあたりで掛布団がわずかに上下しているのに気付いた。規則的な呼吸が見て取れ、安堵感が広がる。
「与田先輩」
反応はない。それでも良かった。久しぶりに顔を見ることができて、なつかしさが浮かんできた。おかしな話だ。たかが一週間程度だというのに。
「与田先輩、私……先輩のことが好きです」




