27.台風一過?
朝のまぶしい光を浴びながら、北斗太陽は自動車から降りた。腕をまくり、首筋に汗の筋を作りながら校舎へと向かう。
今朝は北斗が朝番だった。午前七時前に学校に来て校門や校舎の昇降口を開放するのが仕事だ。
優奈を追って勤務に就いたばかりだが、北斗はすでにこの朝番を数回こなしていて、今はもう他の先生の手助けなしで行うようになっていた。
いつものように校門を開けた後、今度は昇降口に向かう。
「……ん?」
鍵を構えたまま手が止まる。
ドアは閉まっていたが、鍵が開いていた。
「誰だ昨日の当番は? 閉め忘れてるぞ」
誰かが昇降口以外から侵入して中から鍵を開けたとは夢にも思わず、閉め忘れだと決めつけた。
そのまま校内に入り、職員室に荷物を置いた後、北斗は校内の見回りを始める。
一つの建物を一階から上へと見て回った。大した問題もないだろうという気持ちで、軽く目視するだけだ。
校門に近い棟を終え、次に真ん中の棟へと移る。
一階にある男子更衣室と女子更衣室。男子更衣室は問題ないとして、女子更衣室のチェックは誰もいないと分かっていても抵抗がある。
「まぁ、誰かいるわけでもないしっ……!」
甘酸っぱい罪悪感を胸に秘めて女子更衣室の扉を開けた北斗は、目の前の光景に言葉を失った。
そこに倒れる一人の人間。明らかな暴行の痕が体に刻み付けられていた。
「お、い……」
腕を縄で縛られた全裸の人間に対応をしたことのない北斗は一瞬頭が真っ白になった。彼にすべきことを思い出させたのは、傍らに捨て置かれた制服のズボン。それが、この傷だらけの人間は守るべき生徒なのだと北斗に知らせた。
「大丈夫か?」
震える足で駆け寄り、状態を確認する。
意識はない。けれど息はある。それに一安心した北斗は、ポケットからケータイを取り出して急いで救急車へ連絡した。
優奈は比較的平穏な学校生活を送っていた。まだ時々机に花が置いてあったりすることあるが、だからといってそれが優奈を害することはない。
(平和だな)
涼とはキスをして以来会っていない。北斗もなにやら仕事が忙しいようで優奈にちょっかいを出してこない。そして嵐とも、ここ最近顔を合わせていない。
(あの三人がいないと平和なんだな)
高校に入って初めての平凡な日常。これこそが優奈の望んでいた生活……そのはずなのに、なんだか気分が晴れなかった。
(北斗さんと与田先輩、どうしたんだろう?)
気まずさの残る涼が顔を見せないのは理解できるし、優奈としてもありがたかったが、他かの二人が優奈の前に現れないのは気になった。
(……様子、見てみようかな?)
時計に目をやり昼休みの残り時間をチェックする。あと十分ほどで次の授業が始まる。これなら三年生の教室へ行っても戻ってこられると踏んで、優奈は席を立った。
緊張しながら嵐の教室を覗くと、優奈に気付いた男の先輩がドアの傍まで寄ってきた。
「どうしたの?」
「あの……与田先輩、いますか?」
優奈がそう聞くと、相手の顔色があからさまに変わる。その異変に優奈は首を傾げた。
「あいつに何か用事?」
「いえ……」
最近会わないので、とは言えなかった。
(それじゃあまるで、いつも会ってるみたいだし)
「あ……!」
優奈が黙りこくっていると、先輩が何かに気付いたように声を上げた。
「君、嵐が執着してた子だろ?」
「え?」
「あー……そっか、なら話してもいいのかな……。なんか先生に口止めされてんだけどさ」
そう言って彼は優奈の耳元に口を寄せてきた。
「あいつ、ここ一週間学校に来てないんだ」




