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26.踏みにじられたトラウマ

※閲覧注意

この回はいじめ描写があります。

 夜の学校。それがこんなにも心細い場所だなんて思ってもいなかった。

 目の前で顔を歪める三人に対して憎しみと恐怖が溢れる。


「なーに、嵐ちゃん。泣きながら睨まれても全然怖くないですよー」


 美智の無邪気に笑う声が教室内に響く。


「ちょっと美智、あんまり騒がしくしないでよ。誰か来たらどうするの?」

「気にしない、気にしない。もし誰か来ちゃったら、電気点いてる時点でアウトだし」


 呆れを見せつけるように結衣は溜息を吐き出した。それ以上美智に構うことはなく、嵐へと視線を向ける。


「憲次に聞いたんだけどさ。あんたが女装を始めた理由」


 結衣が口にした話題に嵐の瞳が揺れた。

 それは嵐が触れられたくない過去。消し去りたいトラウマだった。

 結衣の口元が歪む。


「もう一度、女装なしでは外を歩けないようにしてあげる」

「……っ!」


 無防備なわき腹に、結衣の右足から蹴りが放たれた。痛みで体がくの字に曲がる。


(今、この女なんて言った……?)


 ――もう一度、女装なしでは外を歩けないようにしてあげる。

 耳の中でこだまする悪魔の言葉。


(俺がもう一度女装する? それはつまり――)


「嵐ちゃん、君は可愛い顔をしてるね。本当に男の子なのかな~?」


 蘇る記憶。あの日の桜木の顔が今目の前にある顔とダブる。

 あの日、桜木は醜い笑顔を浮かべた後――。


「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そこまで思い出した嵐は、体が裏返りそうな程大きく口を開いて叫び声を上げた。

 流れ出る叫び声は嵐の意思によるものではない。本能が嵐の体を支配してそうさせていたのだ。

 突然取り乱した嵐に驚いて一瞬目を閉じた結衣だったが、次の瞬間には噴き出していた。


「いいざま」


 馬鹿にした言葉を浴びせられても、もう嵐はそれどころではない。体をよじって逃げようとしたが、縄がそれを阻んだ。


「逃げんなよ~」


 桜木の手が、逃げる嵐の腰を掴む。そのままズボンに手をかけた。


「や、めろっ!」


 その声にいつものような気高さはない。命令口調にも関わらず、懇願にしか聞こえない声色になっている。

 怯える嵐が面白そうに眺めた桜木は、より一層笑みを深めた。


「はてさて、嵐ちゃんは本当に男の子なのでしょうか~?」


 桜木の力は強く、嵐が泣きながら全力で身をひねってもかなわない。そのままズボンが引き下げられて、下着が露出する。


「正解は――この中!」

「やめっ……」


 最後の砦は、桜木の手によってあっさりと崩された。

 羞恥と屈辱で震える嵐に反比例して、結衣の機嫌は最高潮を迎えたようだ。足を閉じて隠そうとする嵐を、踏みつけてそれを阻む。


「きゃははっ! なんと、嵐ちゃんはギリギリ男の子でした」


 桜木が嵐のを手に取り、弄ぶ。


「見た目も可愛いでちゅけど、サイズも可愛いでちゅね、嵐ちゃ~ん。あの時から、そんなに変わってない気がしまちゅよ~」


 あの時。それがいつを指すのかが、嵐には即座に理解できた。

 嵐の心に一生消えない傷が付いたのは兄が卒業した後の、小学四年生の時の事だ。美しく中性的な顔立ちの嵐は、いじめっ子たちの絶好の獲物だった。

 兄という防波堤を失い無防備になった嵐へのいじめは日に日にエスカレートしていく。そして、事件が起きた。

 悪ガキ達の性への興味と嵐の容姿が、いじめている側には大したことない――しかしいじめられる側にとっては忘れることのできない出来事を引き起こす。

 いじめっ子たちは嵐を捉えて服を脱がした。ちょうど今、桜木が嵐にしたように揶揄いを交えて。

 嵐の体に興味はなかったいじめっ子たちだったが、恥部を露出させられて泣きわめく嵐を見て、どのようなことをすれば人が苦しみを味わうのかを学習してしまった。そして苦しむ嵐の尊厳を、蟻を踏み殺すような気持ちでもって傷つける。

 ケガをさせないようにという配慮か保身か判らない理由で靴下と靴の着用だけを許された嵐は、無邪気な悪魔たちに手を引かれて校庭に連れ出され、走らされた。異変に気付いた先生が止めるまでの十数分間は、嵐の心が壊れるのには十分な時間だった。

 心を閉ざした嵐に無理やり活を入れて再起させたのは、兄である颯だ。彼はなぜか女装を提案した。不審を感じた嵐だったが、その理由はすぐに理解できた。

 女装していると、いじめっ子たちも妙な罪悪感から手を出しにくいようだ。女装の効果は当事者だけでなく周囲にも影響を与え、しつこく嵐をいじめる連中から守ってくれる人も出てきた。以来、女装は嵐にとっての防護服となったのだ。


(まさかまたあの時みたいに、走らせる気?)


 そんな嫌な予感を覚えて桜木達を見上げると、そこにはもっと大きな絶望が待ち受けていた。


「嵐ちゃん、これなーんだ」


 結衣の声と同時に、強い光が一瞬教室にほとばしる。眩んだ目が慣れてくると、結衣が手にしているものが何なのかが分かった。

 デジタルカメラだ。

 校庭を走るよりもはるかに強い拡散力を持つ道具に、嵐は眩暈がした。


「えへへー、美智が用意したんだよ」

「ケータイで撮るよりも鮮明に映るだろうな、なにもかも」


 そう言うと、桜木が嵐の顎を掴んで顔を近づけてきた。


「この泣き顔も、恥部もぜーんぶ、記録してやるよ」


 そう言って自分の反応を楽しんでいる。だから反応をすればするだけ相手の思うツボだ。そう理解しているのに、嵐また一筋、涙を流した。

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