24.怒りの矛先
「クッソッ! ムカつくー! あの変態男、何様のつもり!?」
嵐の乱入により、白けた空気で解散になった、結衣を筆頭とした女子グループ。嵐から受けた屈辱によって頭に血を上らせていた結衣は、ひと気の少ない裏門付近でついにその感情をぶちまけた。
しかし、たった一声吠えただけでは到底収まらず、残る怒りを吐き出す様にハァハァと荒い息を吐く。
「ほんと酷いよねぇ。美智達何も悪くないのにさー」
結衣と同じ方向に帰る美智だけは、まだ結衣にくっついていた。結衣が放つ熱い怒りに、ふんわりとした同意を返す。
そんな美智の態度に対してもムカムカとしたものがこみ上げてくる。けれど流石に八つ当たりだと結衣自身が自覚していたため、表には出さない。
代わりに嵐への不満を続けた。
「正義の味方にでもなったつもりかよ! あぁ、うざってぇなぁ! どいつもこいつも!」
女装なんかしてたくせに、女の事になると男らしく強気に出てくる与田嵐。フラれても、まだ優奈を庇う石橋涼。そして、全ての元凶三千院優奈!
涼への恋心など、怒りの炎で燃え尽きてしまった。涼を好きだと、振り向かせたいと思っていた淡い気持ちは、もうどこにもない。全ての感情を飲み込み最後に残ったのは、憎しみだけだった。
「あのクソ変態野郎! 死ねよはこっちが言いたいっつーの!」
正義の味方気取りで説教してきた嵐の顔が蘇る。
できることなら今すぐ殴り飛ばしてやりたい!
「それなら弱点でも探ってみる?」
ナイスアイディアとでも言いたげに声を弾ませる美智。
結衣が視線をやると、彼女は手元のスマホをいじりながら言葉を続ける。
「美智の友達に与田嵐の元同級生がいるんだけど、そいつに弱点聞いてみるっていうのもありかも」
「……いいわね、それ」
結衣が笑顔を浮かべて同意したのを受けて、美智は画面に用意していた番号に電話をかけた。
嵐が結衣達のグループと一悶着起こしてから数日。嵐は内心恐れを抱いていた。
(あいつら……優奈に手を出してないといいんだけど)
やっぱり様子だけ確認して帰れば良かった。教室に乗り込むなどしなければ良かった。
もし優奈に何かあったら、自分は絶対後悔する。
嵐は自分が注意した女子の顔を思い出す。何度思い出してみても、彼女が納得や反省をしていたようには感じられない。それどころか、今までよりエスカレートした嫌がらせを仕掛けてきそうな雰囲気だった。
そんな彼女を脳裏に浮かべては後悔に見舞われるのだ。
(守ってあげたい)
なのに。
気持ちでは守ってあげたいと思っているのに、自分がしたのは真逆の行為だ。
……もう一度あの女に会いに行こうか。そして優奈に手を出さないように釘を……。
(いや、ダメだ)
これ以上あの女子グループに接触しても、悪化する予感しかしない。
自分の席で難しい顔をして物思いにふけっている嵐に、クラスメイトが声をかけてきた。
「あのさ……」
「なに?」
生まれもった切れ長の目が、機嫌によってさらに細められている。
美人の怒った顔には人を怯ませる迫力があり、クラスメイトの彼も一旦言葉を詰まらせた。
「あ、あのさ……」
「だから、なに?」
気を取り直して……気合と根性を入れ直して彼は口を開いた。
「与田に、だって。ほら」
思い切って、手に持っていたそれを嵐に渡す。
「手紙?」
薄ピンクの封筒。表にも裏にも差出人の名前は書かれていない。
「誰から?」
「それがさー、『これ与田先輩に渡してください』って一言だけ言って逃げてっちゃったんだよね。あ、でも安心していいぜ、ちゃんと女の子だったからよ」
嵐のファンの中には、女装をやめた今でも男子が少数残っている。それを知っていたクラスメイトは聞いてもない情報をくれた。
嵐は慣れた手つきで封を開ける。
「ラブレター? ねぇそれラブレター?」
「……うるさい」
机の周りで騒がしい動きをするクラスメイトを意識の隅に追いやり、手紙に目を走らせる。
<今日の二二時に二年五組に来て。大切なお話があるの>
あまり特徴のない、けれど丁寧な字体でそう書かれていた。
学校に残っているには非常識な時間の呼び出し。その時点で嫌な予感しかしなかったが、最後の一文がそれを確信に変えた。
<来ないとあなたとあなたの大切な人のためにならないよ>
嵐はフッと口元を歪めた。
「なになに? そんな良いことが書いてあったの?」
「……そうだね」
この手紙が自分に届けられたということは、今はまだ優奈に手を出していないのだろう。
これはチャンス。上手くすれば優奈から手を引かせるチャンスだ。
言葉の続きを待つ好奇心旺盛なクラスメイトに嵐は極上の笑顔を向けた。
「熱烈なデートの誘いだったよ」




