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23.対立

 優奈の事で頭がいっぱいだった嵐が彼女のクラスへと足を向けたのは、放課後になってすぐのことだ。昇降口へ向かう生徒達の波に逆らうようにして目的地へと向かう。

 ――優奈はもう部活に行ったかもしれない。

 すれ違う生徒の数を考えると、十分にあり得ることだった。しかしそれは嵐の望むところであった。

 優奈についての悪い噂は真実ではない。とすると、噂をあえて流している人物がいるはずだ。それは十中八九、優奈が揉めたと言う女子生徒だろう。

 はずだ。だろう。と、全ては推測でしかない。推測を確信に変える為に、嵐は優奈のクラスを調べる事にした。もしかしたら何か証拠が見つかるかもしれない。そう思っていた。

 二年五組へ近付くにつれて人影がまばらになっていく。休み時間の喧騒が嘘の様にしんと静まっていた。

 あとはまっすぐ行って、左手側のドアから入れば目的地。……しかしそこで嵐は足を止めた。嵐の視線の先で、数人の女子生徒が五組に連なって入ったのだ。

 ――あいつらだ。

 九割勘だ。でもあいつらだと思った。優奈から話を聞いて思い浮かべていた人物像そのものなのだ。人を貶める事に罪の意識を感じない、下衆な連中特有の雰囲気が彼女達にはある。嵐は、思い出したくもない自らの経験からそれを正確に察知出来た。

 傍から見て怪しくない様にいつもと変わらぬ姿勢で歩きつつ、足音だけはしっかり殺す。探偵にでもなった心地で耳にも意識を集中させた。


「ったく、あの女鈍感過ぎだろ」

「きっと馬鹿なんだよ」


 悪意が滲み出る声音が耳に飛び込んでくる。不用意に教室を覗き込みそうになった。せっかくの好機を無にしまいと、早くなる心臓と浅くなる呼吸を抱えて立ち止まる。握りしめた拳が小刻みに震えていた。


「三千院の奴……毎日一輪、花置いてるのに何にも堪えてないなんて……どんな神経してんだし!」


 その声に触発されて、嵐は音にならない小さな舌打ちをした。嫌がらせの為に毎日花を置く様な人間に、優奈の神経を理解されたくなんかない。

 彼女達の言い分に腹立たしさを覚えたが同時に、優奈が傷ついてなかったらしい事もうかがい知れて、ほんの少しだけ心が軽くなる。

 彼女達の行動がエスカレートして優奈を傷つける前に手を打とう。彼女達が優奈を敵視している連中であるとはっきりした今、もうこそこそと隠れている必要はない。

 嵐は止めていた足を再び動かし始め、堂々と教室に入った。


「気に入らないから嫌がらせ? 幼稚な発想だね。まるで小学生だ」


 苛立ちに任せてそう言うと、驚き顔の女子生徒達の視線が一気に集まった。


「与田嵐!? な……な、なんであんたがここに居るのよ!?」


 やばい、と顔に描きながらも嵐に詰め寄って来たのは、その場で一番背の高い女子だった。制服を着崩し、長袖のシャツを捲くった袖口からのびる細い腕にはバングルがはめられている。髪はほんのり茶色く染まっているが、根元に至ってもそれは変わりなく、手入れが行き届いている事を示していた。

 外見に関して気を配るように、他人に対しても気を配れれば良いのに。そんな皮肉を心に浮かべつつもそれは頭の隅に追いやり、自分の用件を口にした。


「優奈に嫌がらせするの止めてくれない?」


 嵐は感情を抑えて言った。素直に非を認め、行動を改めてくれれば良い。そう祈っていた。

 けれど現実は、予想通りで、望んでいなかった展開を突き進む。目の前の女子生徒は歪んだ笑顔を作って、反論を述べた。


「はぁ? あの女がそう言ったの? つか、嫌がらせされてるのはこっちなんだけど。あんた噂聞いてないの? 美智の靴を隠したりしてきて……むしろ、嫌がらせを受けてるんだけどっ!」

「そうそう。三千院が加害者。あたしらは被害者」


 背の高い女子はおそらくリーダー格なのだろう。周りは彼女に同調する言葉を口にした後、耳に障る笑い声を上げた。


「先輩もぉ、もう少し周りを良く見た方がいいですよー。言い寄ってる女に頼られたからって、真偽も確認しないで行動に移しちゃうなんて……後で後悔しても遅いですからー」


 髪を二つに揺っている――先程美智と呼ばれていた女子生徒が、甘ったるくそう言う。

 悪びれる様子を一切見せない彼女達に、怒りで頭がくらくらした。


「あのさ……性格も悪ければ頭も悪い。その上察しも悪いなんて――もう死ねよ」

「な!?」


 懸命に抑えてきたが、もう限界だ。嵐はいつもならしない強い口調で攻め立てる。


「お前らさ、俺がいつからここに居たと思ってんだよ」

「は?」

「優奈に嫌がらせ仕込んでんのも知ってんだよ。聞いてんだよ、最初からな! 誤魔化すんなら上手くもっと誤魔化せ! 脳みそ足りてねぇんじゃねぇの? この、性根から腐った馬鹿女共っ!」


 豹変した嵐に呆気に取られ、口を開けたまま棒立ち状態の女子生徒達。その中のリーダーと思われる、先程から一番生意気な口を聞いていた女子の胸倉を掴んだ。


「ちょ……何す」

「いいか? 二度と優奈に手を出すな。次にこんなふざけた真似しくさったら、ただじゃすまさねぇからな!」


 それだけ言うと、すぐに解放してやりくるりと踵を返した。

 何かブツブツと文句を言う声が背中にぶつけられたが、そんなことは気にならなかった。


(優奈、ごめん)


 疑わないと優奈に誓ったのに、早々にこんな事態になってしまった事を心の中で謝罪しつつ、嵐は二年五組の教室を後にした。

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