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17.後悔

 思わず閉じていた瞳を開けると、そこには涼の整った顔があった。

 長いまつ毛に縁取られた瞳がゆっくりと現れる。透き通った紅茶色が切なげに優奈を見つめていた。

 悲しみを伴って何かを訴えかけてくる視線に、胸が苦しくなるというのに逸らすことができない。

 唐突に彼は離れていった。


「僕のこと、許してくれる?」


 無理やりキスをしておいて随分と挑戦的な言い方だ。しかし涼の顔はこわばっていた。


「ふ、ふざけないでよっ」


 優奈の振り上げられた右手は涼の頬を打つ。パァンという小気味良い音が廊下に響いた。


「……分かった。僕のことは、許せないんだね」


 彼は叩かれた頬を押さえて、呻くようにそう言った。瞳から一筋、雫が零れ落ちる。


(……! な、なんで泣くのよ! 泣きたいのはこっちよ!)


 まさか泣くとは予想していなかったため、頭に血を昇らせつつも戸惑ってしまった。


「ったく、痛いなぁ。まったく」


 涙をあふれさせながらも彼は笑みを作ってみる。


「女の子にフラれるなんて初めてだな、うん。……僕がフッた子たちもこんな気持ちだったのかな」

「……石橋君、あの」


 ひっぱたいておいて「大丈夫?」と聞くのはおかしな話だが、それでも彼の様子がいつもと違うためそう言いそうになった。


「ごめん、三千院。僕はもう少ししてから教室戻るよ。先戻ってて」


 涼は顔を逸らしてそう言うと、小さく洟をすすった。


(……私に、いてほしくないよね)


 優奈は涼の言葉を聞き入れ、一人その場を後にした。

 教室までの道すがら、自分の右手を見つめる。


(叩いちゃった、この手で)


 先程の自分の行為を思い出して首をひねった。


(なんで叩いちゃったんだろう?)


 身勝手な振舞いに頭に来たのは事実だが、同じ行為を与田にもされた。


(あの時は石橋君が止めに入ってくれたから……)


 与田にキスをされた時、茫然自失のまま固まっていた優奈を与田から引き離したのは、他の誰でもなく涼だった。その涼の行動のおかげとでも言えばいいのか、優奈が与田を叩くという行為に至ることはなかった。


(でも、きっと石橋君が止めに入らなくても、先輩のことを殴ることはなかったんだろうな)


 あの時感じた、不思議な感覚。離れていく唇を名残惜しく思えたあの感じは今日の涼とのキスにはなかったものだ。


(もしかして私、与田先輩のことが好きなのかな……? かなり迷惑な人なのに)


 美しく、かっこいい外見は魅力にあふれているが、本質はどこか唯我独尊で優奈の苦手な部類だ。先輩という少し距離のある存在だったから憧れもしたが、近寄られると逃げたくなってしまう。


(あ、でも今朝は助けてくれたんだよね……)


 放送室前で与田と話した時のことを思い出す。そしてその後に起きた不愉快な一件のことも同時に思い出された。


(そう言えば、結局あの女の子のこと分からないままだし)


 あまり関わりたくない涼を訪ねてまで調べようとしたというのに、明確な返答を得られなかった。分かったのは、おそらく涼の関係者だと言うことだけ。


(……まぁ別にあの女の子を見つけ出して何かしようってわけでもないし)


 分かったところで彼女に文句を言いに行くわけでもない。もちろんそれ以上の、例えば暴力に訴えるなどの行為に及ぶつもりもない。彼女が誰の関係者か分かったら、その人となるべく関わらないように一層注意する程度だ。

 皮肉なことに、その人――涼とは今後関わらなくなりそうな事態なわけだけど。


(石橋君……まさか泣くなんて)


 涼が本気なのか、遊びなのか今まで判断がつかなかった。どちらかというと、自分を好きにならない女子が気にいらなくて、ちょっかいを掛けてきているだけだ、と優奈は感じていた。


(悪いことしちゃったかな……)

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