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16.暴走する恋心

「そんな風に思ってたの?」


 あんなに仲良さそうに過ごしているというのに、本心では没個性だと感じていたというのか。中には涼に好かれたくて、個性を抑えて周りに合わせていた子だっているだろうに。好かれている側の優位性なのか。

 聞いたのは優奈だが、その答えに無意識に眉間を寄せていた。

 すると涼がすかさず弁明を語った。


「あ、ほんと誤解しないでね。別にみんなのこと嫌いなわけじゃないし、友達としては結構好きなんだからさ。ただ三千院が特別ってだけ」

「私は別に特別じゃないよ」


 優奈は涼の言葉を遮った。


「石橋君の友達の中にはいないタイプかもしれないけど、そこら辺にいる感じの普通の子だよ」


 なぜ涼ほどの男が自分なんかに興味を持ったのか不思議でしょうがなかったが、これで分かった。

 ――珍しかったから。

 謎が解けたというのに、心には今だ雲がかかったままだ。

 涼の気持ちに応える気は全くないにも関わらず、いつの間にか好かれていることに心地良さを感じていた。


(これじゃあ石橋君のこと言えないね)


 自分を好いてくれている理由にもっと特別なものを期待していた。

 あの涼が好きになるのだから、自分には、他の女の子にはない魅力があるのではないか、と寒い期待を抱いていた。そんな自分が痛々しい。


「違うよ。三千院は特別だった」

「そんなこと」

「一目惚れなんだ」


 今しがた優奈がしたのと同じく、今度は涼が遮った。


「去年初めて見た時 に惚れた。動きとか、喋り方とか、何気ないことの一つ一つが綺麗で目が離せなかったんだ。三千院が本当になんでもない女の子だったら……そもそも目につかないと思う」


 いつの間にか、優奈は涼に腕を掴まれていた。涼が意識しているかは分からないが、かなりの力がこもっていた。


「い、痛っ!」

「あ! ご、ごめん。ムキになっちゃって……でも、信じて欲しかったんだ。僕が三千院を好きなのは、三千院が三千院だからだって」


 あまりに汚れた願望だったというのに、それが叶ってしまった。

 優奈が優奈だから好きだ、と言われた。それは本能的な喜びで、醜いと感じるだけの理性がありつつも、抗えなかった。

 涼は真っ直ぐに優奈を見ている。


「僕は 本気だよ」


 依然掴まれたままの腕を引かれ、そのまま壁に押し付けられた。


「ねぇ三千院、キスしよっか」

「へ? …………は?」


 一瞬何を言われているのか分からず、少しの間を置いて言葉は理解したが、言動の意味は読み取れなかった。

 しかしこのままではまずい。優奈の力では涼の手による枷を外すことはできない。


「石橋君、あの放してくれると嬉しいんだけど……」

「三千院が悪いんだよ。こんなひと気のないところで二人きりになったりするだけでも良くないのに、私のどんなとこが好き? なんて聞かれたら、こっちがもたないよ」


 そんなラブラブカップルみたいな聞き方をした覚えはないが、壊れた涼の脳にはそのように届いたらしい。

 優奈の訴えは聞き入れられず、涼が腕を解放することはなかった。

 身をかがめた涼が、優奈へと顔を近づける。


「怖い?」


 互いの吐息を感じられるほどの距離で、涼は言った。


「僕は怖いよ。こんなことをして、三千院に嫌われるんじゃないかって思うと……怖い」

「じゃあ……」

「でも。それでも、やめる気になれないんだ」


 「こんなことはやめて」と言う予定だった優奈の声は、かき消された。


「三千院は与田先輩を許してる。もし、同じことをして僕だけが嫌われることになったら……それが三千院の答えってことになるよね」


 優奈は息を詰めた。


「この一年、僕はできる限り自分の気持ちを伝えてきたつもりだ。それでも三千院が僕の事をまったく好きでないというのなら、それはもうしょうがないってことになる」

「い、石橋君! やめてよ! ねぇ!」

「うん。そうやって拒絶するといい。僕を否定して、僕の気持ちが萎えるくらいに叫べばいい。そしたら三千院が望んでいるように、僕は君を解放するかもしれないからね」

「やだっ! なんで、どうして! ……っ!」


 ――君が思っている以上に、僕は優奈が好きなんだ。

 唇が重なる直前、涼はそう告げた。

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