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15.涼の本心

「あのー……」


 優奈が二年一組の教室を訪れるのは、二年になって初めてのことだった。

 ドア近くに座っていた男子生徒は、優奈に気づき用件を聞いてきた。

 優奈が答えると、大きな声で目的の人物を呼ぶ。


「おーい、涼! またお前に女子が来たぞー! どうする? 断る?」


 ただでさせ頭に血が上っていたというのに、その言い草のせいで優奈のムカつきが更に増した。


(人が目の前にいるのに、どうして断るとか普通に聞くわけ?)


 その上優奈から石橋の姿は丸見えなので、彼が断ったかどうかは文字通り一目瞭然なのだ。

 訪ねて来たのが優奈だと分かると、女の子達との談笑を切り上げて素早くドアのところまでやって来た。


(こういうところも原因の一つよね)


「三千院! 僕のところに来るなんて珍しいね。嬉しいな」


 彼は言葉通り、本当に嬉しそうに微笑んでいた。そんな顔をされると優奈としても話を切り出しにくい。


「今時間ある?」

「三千院の為なら時間なんていくらでも作るさ」


 そんな口説き文句を望んでいたわけではないので、ため息しか出てこない。ともあれ本当に時間があるようなので深く気にする必要もなさそうだ。

 涼を連れて優奈は、教室がある棟とは反対側の特別教室付近へとやって来た。昼休みの今、優奈が考えていた通り進めば進むほど人は少なくなっていった。

 歩いている間の数分、話しかけてくる涼に「うん」と「ううん」の二種類の返事しか返さなかった。その態度に何かを悟ったのだろう。ひと気がなくなった頃には涼も口を開かなくなっていた。

 一番奥の家庭科室の前で優奈は立ち止まり、くるりと涼に振り返った。

「あのさ、石橋君。石橋君の友達にこれくらいの背の女の子いる?」

 手で示した高さは一七〇を少し超えたくらいだ。


「んー、どうかな? みんな僕よりは小さいし、その中で違いとかあんまり考えたことないしな……。その子がどうしたの?」

「どうっていうわけじゃないんだけど……」


 今朝ぶつかった女子生徒というだけだ。少し嫌味を言われたけれど、わざわざ言葉にするほどの事ではないと考えていた。

 そもそも彼女が涼の関係者である確証があったわけではなく、彼女の残していった言葉から異性関係で何か恨まれているのかと推測しただけだ。同じ立場に嵐や北斗もいるが、嵐に好意を抱いている集団はいわゆるファンと呼ばれる人たちであって嫉妬に駆られた行動を取るとは考えにくいし、北斗は赴任してきたばかりでそこまで入れ込んでいる人が居るとは思えない。以上のような点から、彼女は涼の「何か」であると優奈は考えていた。


「石橋君、本当に心当たりない?」

「……ねぇ三千院、もしかして何か不愉快な事でも言われた?」

「……ううん。そんなことないよ」


 一瞬迷った末、優奈はそう答えた。


「嘘だね。どんな子だった? なんて言われたの?」

「ちょ……ちょっと待って! なんでもないって! 別に心当たりがないならそれでいいから!」

「心当たりがないわけじゃないんだよ」

「……え?」

「ありすぎて、誰なのか分からないだけだから」


 その言葉から、涼がモテることを再認識した。

 分かってはいたことだが腹立たしい。そして同時に不思議に思えた。


「ねぇ石橋君、なんで……なんで私なんかを……す、好きなの?」

「え?」

「だって分からないんだもん。石橋君すごくモテるのに、なんで私みたいに地味で目立たない女を好きだなんて言うのか……」

「……他の女はみんな同じに見えるんだよ」


 不躾で思いあがっているような質問に、涼は丁寧に答えてくれた。


「似たり寄ったりに揃えた顔に、流行をコピーしたような個性。誰かと話していても、それがいったい誰なのかが分からなくなる。……友人としては悪くないよ。たまに楽しいこともあるし、好意を抱かれているのを感じるのは素直に嬉しいしね。でも……大切な恋人として選ぶには値しない」


 明るくて、優しくて、おしゃれで、趣味が良くて、かっこいい。それが石橋涼の周囲からの評価だった。優奈もそれに概ね同意している。ただ一つ疑ったのは女の趣味の部分だけで……。

 けれど今、優奈の前の彼はそんな評価を受けている人物とは思い難いほど辛辣な事を言い放っていた。

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