13.挨拶
六月になると、朝でも日差しが強く感じられる。
特別集会という名目で校庭に集められた生徒達は、中々本題に至らない校長の話を延々と聞かされていた。
大半の生徒は隣の生徒と小声で話をしたり、立ったまままどろんでいたりと、きちんと前に視線をやっている者は少ない。
優奈は数少ない生徒に分類される方だった。といっても校長の話を好んでの事ではない。
壇上の校長。その隣に、日差しをまとって爽やかな笑みを浮かべている青年がひとり。
――優奈を追って学校に押し掛けてきた北斗太陽である。
(もう、いったいどうなってるの?)
ようやく話に区切りがついたのか、校長は持っていたマイクを北斗へと差し出した。
大半の生徒が校長の話に興味をなさそうにしていたはずなのに、北斗にマイクが渡ると、途端生徒の視線が一点に集まった。
「皆さん、おはようございます」
そんなありきたりな挨拶で始まった北斗の自己紹介を、優奈はハラハラと落ち着かない様子で聞いていた。
「……ちょっと、優奈。あんた動きおかしいわよ」
「そ、そう?」
後ろにいた友人にそう言われてもなお、優奈は落ち着くことなどできなかった。
先程一度、北斗とは会っている。その時に言っていた彼の言葉のせいで優奈は不安や心配といった感情を抱えることになってしまったのだ。
『俺、優奈ちゃんと居たくて追って来たんだ。今日からここの先生になるから、よろしくね』
嵐から逃れるきっかけとなった北斗の登場は一瞬ありがたく感じたものだが、吐かれた言葉のせいですべて吹き飛んでいった。
北斗優奈発言といい、今回の事といい、彼には驚かされるばかりだ。
「……急なことではありますが、これから皆さまと一緒に学校生活を楽しいものにするために尽力していきます」
今までのところ北斗に変わった言動は見られない。しかし第一印象の『いい人』から、『おかしな人』にクラスチェンジするまでに一日と掛からなかった彼の事だ、唐突に何かしでかしても不思議はない。
「挨拶の最後に、一つ宣言をさせていただきたいと思います」
ビクリ。優奈の中の本能的な部分が震えた。
――来る!
北斗の顔がこちらを向いていた。全校生徒が集まるこの場から優奈を探しだし、的確に視線を送ってくる。
彼の顔には笑みが浮かんでいた。無邪気なものだ。けれど絶対、彼の発言は無邪気なものでは終わらない。
一生徒である優奈に北斗の言葉を止める手立てなど存在せず、次に浴びせられる熱湯だか冷気だか予想もつかないものに対して身構えるしかない。
「この学校にいる間に、俺は絶対――」
北斗がそこまで言った瞬間に、生徒だけでなく先生までもが耳を押さえることになった。
キーンという不快な音が校庭いっぱいに広がっていく。ハウリング現象が起きていた。
(北斗さん……いったいどれだけ気合入れて話そうとしたの……?)
優奈は放送委員の活動で機材に触れたことがあったので知っていたのだが、ここまでの数十分でまったく起こっていなかったハウリングが、突如起こった理由は二つしか考えられない。北斗が声を張り上げたのか、機材の出力が大きくなったのか。
記憶が確かなら、今年の四月に新しい機材を導入して以降、ハウリングは起こりにくくなっていたはずだ。機材トラブルの可能性は低い。
なにより、爽やかでありながら暑苦しいという真逆の形容を抱える北斗ならば、マイクに向かって大声で宣言をしてしまう姿が想像できる。
北斗はマイクの音量を確かめるように小さく叩いているようだが、それがまた次々にキーンキーンと甲高い音を生み出していた。
そんな時、今度は違う音が割り込んでくる。八時四十分の、朝会終了のチャイムだった。
マイクが使えなくなったため、先生が身振りで解散を促し始める。校舎の一番近くに並んでいた三年生が最初に、そして一年生、二年生と続いていく。
人込みのピークが終わった時を狙って、優奈はゆっくりと昇降口へと向かっていた。ちらほらと二年生が居るだけで他学年生はもういない。
上履きに履き替えた優奈が階段に足を掛けた時、近くの部屋の扉が開いた。何気なく視線をやると、そこには『放送室』のプレート。
(あぁ、そういえば放送委員は機材の管理があるんだった)
自分の所属する委員会だというのに、すっかり頭から抜け落ちていた。今日が自分の担当日だったかと考えて、瞬間ヒヤリとしたが、今日は特別集会。シフトに入っているはずがない。
(でも……じゃあ今日は誰が?)
先生かな? と何気なく思いつつ、開いた扉から出てくる人物に注視した。
「あ……」
学生服をそのしなやかな細身に着こなす人物を見て、優奈は自分の想像力の低さを呪った。
「優奈? もしかして、俺を待ってたの?」
そうだ。大変な事を失念していた。放送委員会の委員長は与田嵐じゃないか。




