11.イケメン発揮
慌ただしい一日を終え、やっと一息つけたのは夕食が始まってからだった。
朝食は食べそびれたし、昼食は豪勢だったが緊張でほとんど手を付けられなかった。よって本日初めてのまともな食事だ。
ピンポーン。
タイミングを測ったかのように、優奈が食べようとした瞬間に玄関チャイムが鳴った。
「優奈、出て」
「また?」
今朝の出来事が思い出され憂鬱な気分になりつつも、仕方なく立ち上がった。
「……そのエビフライ、食べたら怒りますよ」
そっと優奈の皿からおかずをつまみ上げていたつぼみの手が止まる。
「あら、ばれちゃった?」
ペロッと舌をだすつぼみを確認して、優奈は少し早足で玄関へと向かった。
ドアを開けた先に立っていたのは予想外の人物だった。
「こんばんは。体の調子はどう?」
「い、石橋くん?」
優奈の目に映るのは制服姿の石橋涼。間違いなく彼だった。
「え、ど……どう」
「三千院が風邪で休んだって聞いて。お見舞いに来たんだ」
どうして、という優奈の問いかけに先回りして石橋は答えた。
「……そ、そうなんだ」
この「そうなんだ」は石橋が訪ねて来た理由に対してと、自分の欠席理由が風邪になっていたことの両方に対してのものだ。
(お見合いとは言えないもんねー)
しかもただの見合いではなく替え玉。説明し辛いにもほどがある。
「……元気そうで良かった」
「うん……あ、一日ゆっくりしてたら元気が出てきてー……」
穏やかな石橋の声に一瞬頷きかけ、しかし慌てて訂正した。
うしろめたいことなど無いはずなのに、風邪という言い訳に乗っかっていたかった。
「あのさ」
「優奈ちゃーん」
石橋の言葉に気の抜けた声が重なった。優奈は玄関側の涼から視線を外し、家の中に目をやる。ちょうどつぼみが優奈の側によって来たところだった。
「優奈ちゃん、いったい誰が……あ、あぁ!」
優奈の背後に視線を移したつぼみは口元に手をやり、ハッと目を見開いた。
「涼くん……」
つぼみの口から漏れ出た言葉に、優奈は首を傾げる。
(知り合い……?)
石橋の交友関係が広いのは優奈も知っていたが、まさかつぼみとも知り合いだったとは。
そう納得仕掛けたのだが、直後に、違うと考えを改めざるを得ない言葉を耳にすることになった。
「…………失礼ですが、どちら様ですか?」
考えるそぶりを数拍見せた後、彼は綺麗な笑顔でそう言ったのだ。言葉もだが、彼のよそ行きの表情が知人でないと物語っていた。
「あ……」
はっきりした喋り方をするつぼみには珍しく、言い淀みながら石橋から視線を外す。
その時、優奈は自分の目を疑った。つぼみの耳が赤い。
(まさか……)
照れている? あのつぼみが? 傲慢で高飛車とも言えるあの、つぼみが照れている?
からかい倒してやりたいという悪戯心が疼くが、相手はつぼみだ。後々何をされるか分かったものではない。
仕方なく心を落ち着けて、つぼみに言葉を掛けようとしたのだが、
「つぼみさん、あの」
「優奈ちゃん、私戻るね! じゃあ、またよろしく!」
早口でまくし立て、玄関から飛び出していった。戻るというのは、優奈の家の中ではなく、自宅の方だったらしい。
本格的に逃げ出したつぼみ。優奈に止める暇さえ与えなかった。
「……元気な人だね」
優奈と同様につぼみの背中を見送った石橋は小さく笑いながらそう言った。騒ぐだけ騒いでおいて何も言わずに去っていた彼女をそう表現したことに、優奈は感心した。なるほど、これがモテる秘訣なのかと頭の中のメモ帳にメモを取る。
「じゃあ僕はこれで。また明日――あ」
身体をやや反転させた状態で彼は動きを止めた。
「明日は学校来られそう?」
「うん。もう大丈夫」
「……そう。それなら良いんだ。じゃあね」
そう言うと、彼は今度こそ帰って行った。




