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10.宣戦布告

「つぼみさん!」


 救世主がやって来た……と一瞬思いかけたが、そもそもの発端は彼女だ。


「……貴女は?」


 古くから見合いの場として利用されてきた、由緒正しき料理店。そんな場所に部外者が乱入してくるなど想定外だろう。北斗はまさか邪魔が入るとは思っておらず、一瞬立ちつくしてしまった。その間に優奈は跳ねるようにつぼみの元へと駆け寄った。


「黙って聞いていれば……この不届者! 別人だと分かっていながら婚約を申し込むなど言語道断だわ」

「……お見合いに替え玉差し出すのも言語道断だと思うけど」


 ボソリと北斗が言った言葉に優奈も心底同意し、うんうんと頷いた。


「黙りなさい」


 二対一だというのにつぼみの勢いは衰えることなく、強い一言が場を支配する。


「優奈ちゃんを私だと勘違いして迫るならともかく、別人だと分かった上で好きだなどと……許しませんっ!」

「怒ってるとこソコッ?」


 てっきり自分を心配してやって来たのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 優奈がため息を吐くと同時に、測ったように北斗もため息を吐いた。


「騒がしくて、自己中心的で、その上傲慢で高圧的な態度。……はぁ、俺の嫌いな部分を詰め合わせたような人だ」


 北斗が言ったその一言。つぼみの眉がつり上がる。


「黙りなさいと言ったでしょう! 私にふさわしいのはもっと女性に優しく接することのできる方です! 貴方のみたいに、婚約者が身代わりでも良いと言ってのけるいい加減な人など、こっちから願い下げだわ!」


 静かに嫌悪を示す北斗と激しく罵るつぼみ。この場で、実は自分が一番冷静なのだと気付いた優奈は意識的に表情を緩めて割って入る。


「あのー、二人ともその辺にしませんか……? とりあえず、今日のお見合いは気が合わなかったので話を進めないという結論にして……」


 さり気なく自分に対する求婚もなかったという方向に話を持っていったのだが、それはやはり北斗によって阻まれた。


「その手には乗らないよ、優奈ちゃん。俺は君のことが気にいったからね」

「貴方と優奈ちゃんは本来会うはずがなかったのよ。どうやって知らないはずの人間に求婚できるのかしら。言っておくけど、分家とはいえ優奈は三千院家の者。私とのお見合いが流れた以上、優奈ちゃんとの見合いを改めて設定し直す事なんて難しいわよ。……それに私もできる限りの妨害はさせてもらうしね」


 さらりと言ってのけた宣戦布告。しかし北斗は薄く笑っている。


「そんなの、優奈ちゃんが俺を好きになっちゃえばなんの問題もないよ。分家って事は本家ほど結婚を重要視されないんだろうし……俺にしてみれば願ったり叶ったりってとこかな」

「フンッ。何とでも言うといいわ。とにかくうちの優奈ちゃんには二度と会わせませんからね! さようなら! ――行きましょう」


 つぼみはすばやく優奈の手を取り強く引いた。そのせいで個室と廊下の間にあるわずかな隙間に足を掛けそうになるが、なんとか体勢を整えてつぼみの後を追う。


「つぼみさん、良いんですか?」

「良いのよ。もともとしたくないのにお母様が勝手にセッティングしてきたんだから」


 乗り気でないのは知っていたが、いくらなんでもここまでややこしい幕切れになるとは思っていなかった。巻き込まれたとはいえ、責任の一端を感じなくもない。

 とにもかくにも、優奈の初お見合いはこうして終わった。

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