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この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして  作者: 四馬㋟
本編

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第十三話




 神獣に比べて、人は短命だと陛下は言う。


「ゆえに延命の儀式を、受けてもらえないだろうか」


 番の延命には当事者による同意が必要だと書物には記されてあったものの、まさか正面切って懇願されるとは思わず、私は面食らっていた。少し前から、陛下の様子がおかしいとは思っていた。食事の最中も、心ここにあらずといった感じで……もしかすると、切り出すタイミングを窺っていたのかもしれない。


「……もしも、拒むというのであれば、その理由を教えて欲しい」


 答える前から、目に見えて暗い顔をするので、慌ててしまう。


「あの、仮に延命の儀式を受けた場合、私の寿命はどうなるのですか?」

「私と等しく生きられるようになる」


 つまり、不老不死になると……?


「そうではない。私が不死でなくなることを代償にし、そなたの寿命を伸ばす」

「具体的には?」

「五百年か千年か――はっきりしたことはわからぬ」


 あまりの歳月の長さに、めまいを覚えた。


 以前の私であれば、即座に断っていたと思う。

 人間としての寿命を全うするだけで十分だと。


「陛下は、それでよろしいのですか? その、不死でなくなっても」

「私のことなどどうでもいい。今はそなたの話をしている」


 珍しく強い口調で言われて、私は目を伏せた。


「天帝はなぜ、私を陛下の番に選んだのでしょう。私のような、罪人の娘を……」

「私にふさわしい相手だと、お考えになったからだ」


 即答されて、息を飲む。


「もっともそなたにとっては、不運であっただろうが」

「いいえ」


 私はかぶりを振って、まっすぐ陛下を見上げた。

 番の意味を知って、私の、陛下に対する見方は変わったと思う。


 ――これまで、被害者ぶっていた自分が恥ずかしい。


 番は神獣にとっての、唯一無二の存在。神獣は番のみを愛し、慈しむ。

 一見、美しく聞こえるが、傍から見れば、それは呪いと同じ。


「不運なのは私ではなく、陛下のほうです」


 自分の意思で選んだわけでもない、人間の娘に、身も心も囚われている。

 私に、それほどの価値はないというのに。

 

「番などという存在がいなければ、陛下はもっと自由でいられたのに」

「だから延命の儀式は受けられないと?」


 思いのほか、陛下の声は穏やかだった。

 ちらりと彼の顔を盗み見、その優しげな表情が翡翠に似ていて、どきりとした。


「国を統治するよう天帝に命じられた時点で、私に自由などない」

「……それは、そうですけど」


「番は神獣にとっての半身であり、枷や重荷などではない。番のいない状態こそが、不運なのだ。心動かされることも、満ち足りた感情を得ることもできず、常に孤独で……」


 途中で言葉を切った陛下に、私は戸惑ってしまう。


 いくら周囲の人々に「番様」と呼ばれても、その実感を得ることは難しい。けれどもし、私が死んでしまったら、番がいなくなってしまったら、この方はどうなるのだろうと、心配になった。


「番として、私は陛下に、何をして差し上げればよろしいのですか」

「何も。ただ、健やかであればいい。少しでも長く、そばにいてくれれば」

  

 それ以上は望まぬと、つぶやくように陛下は言う。


 その、何かを諦めたような、頼りなげな横顔を見て、私は思った。何の価値もない私でも、ただそばにいるだけで、この方の孤独を癒せるというのなら、それだけで生きる意味はあるのではないか。


 それこそが私の居場所ではないかと。


「延命の儀式、謹んでお受けいたします」


 私の言葉に、陛下は信じられないというような顔をした。続いて、嬉しそうな表情を浮かべたのは一瞬のことで、眉間にぐっと皺を寄せて「なぜ」と問う。


「無理強いするつもりは……」

「自分で決めたことです」


 答えながら、この方は不器用な方なのだと、唐突に悟った。

 感情表現が乏しいせいで、分かりづらいところもあるけれど、根はお優しい方なのだと。


「……翡翠のためか?」


 おかしなことをおっしゃると、私は笑う。


「翡翠は陛下ご自身でしょう」

「言ったであろう、あれは私であって、私とは異なる者だと」

「具体的に何が異なるのですか?」

「……そなたとて、すぐにあれが私だと、気付かなかったではないか」


 痛いところを突かれて「なるほど」と納得する。


 だって、あまりにも性格が違いすぎるから。

 それに翡翠は子どもの姿をしていたし。私も子どもだったし……。

 

 陛下の見た目は二十前後で、翡翠に最後に会ったのは、翡翠の見た目が十五歳くらいの時。

 その時に初めて、陛下に似ているなと思ったくらいだ。


「私は、あまり察しの良いほうではなくて……お許し下さい」

「謝る必要はない。それだけ、私とあれが似ていないということだ」


 とんでもないと、私はかぶりを振った。


「私が、陛下のことをよく存じ上げていなかったから、他人の空似だと思い込んでしまっただけです。陛下は、翡翠に似ています。私のことをご覧になる目や、私のことをお呼びになる時だって……そう」


 何とも言えない表情で黙り込む陛下に、私は続けた。


「それに翡翠だって、いつも好き勝手に振る舞っているようで、そうでもないんですよ。たまに難しい顔をして考えこんでいたりもするし、本心をさらけ出しているようで、大切なことは何一つ教えてくれないし。そういうところは――」


 これでは愚痴になってしまうと、慌てて言葉を切る。


「私は……ただ――」

「今すぐ答えを出す必要はない」


 陛下は甘やかすように私に言う。


「後悔のないよう、ゆっくり考えて欲しい」


 

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