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聖女の代行、はじめました。  作者: みるくてぃー
聖女達は悲しみを乗り越えて
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第29話 精霊の歌

『ルゥ〜〜ラリル〜ラリル〜〜♪ ソォラリル〜〜ラリル〜ラリル〜〜♪』


「なんだこの歌は」

「まさか、これは精霊の歌?」

 会場内が今までとはまるで違う別のざわめきで溢れかえる。


「なんのつもり! 今は私と陛下が話しているのよ、すぐにやめなさい!」

 アリアナ様の一言で会場内にいる人たちが一斉に私へと視線を送ってくる。

「やめなさいと言っているでしょ!」

 なんて耳障りな声なんだろう、精霊たちが怯えている気配を感じる。

 だけど私は構わず歌い続ける。

(お母さん、力をかして)


 胸元に合わせていた両腕を前へと広げ、小さく一呼吸……

「癒しの光よ」

 歌によって力を強化された精霊たちが、私の体内を通って会場内に光の粒を降り注ぐ。


「なんだこれは」

「聖女の力? まさかあの子がやっているというのか?」

「なんて幻想的なの、まるで光の雨を見ているようね」

 癒しの奇跡、何も対象者一人に対してしか行使できないわけではない。

 実際対象者を決めず無差別に癒しの光を注ぐために本来の威力より十分の、いや百分の一程度しか効果は望めない上、高度な技術と使用者への体の負担も比べ物にならない。今も私の体力は勢い良く流れ出ているので、そろそろ足元が危うくもなってきている。

 だけど、許せなかった。大切な友達であるユフィを、私のために親身になってくださった国王様や王妃様をバカにされ、更には私のお母さんまで侮辱された気分になって許せなかったのだ。



「そ、そんな……これが癒しの奇跡だっていうの? こんなの聖女でなければできるはずが……っ」

 アリアナ様が慌てて口元を塞ぐ。

 自分もかつて聖女候補生なら分かるのだろう、実用性も効果もほとんどないけれど、私がどれだけ凄い現象を起こしているのかを。だから思わず口から出たのだ、こんなの聖女でなければできるはずがないと。


 やがて一頻ひとしきり会場内の雰囲気が穏やかに治まったところで、技を止め国王様の方へと視線を送る。

 『ここからはお任せします』これは私の戦いではなく陛下や王妃様の戦いだ。私はただキッカケを作ったにすぎない。

 国王様は一度だけ小さく私に頷き、力強い言葉を放たれる。


「アリアナ、お前は先ほどこう申したな。今期の候補生は随分質が落ちたものだと。今の力を見てまだそう言い切れるのか?」

 国王様の一言で一気に形勢が逆転する。

 会場内にいる貴族たちにも一目で分かったのだろう、アリアナ様の言葉に偽りがあったことを。

 実際誰もが驚くような現象を起こしたが、癒しの技としては大した効果は生んでいない。その程度はアリアナ様でも分かっているだろうが、聖女の力を詳しく知らない者に対しては、いくら否定的な言葉で説明したところで誰も鵜呑みにはしないだろう。


「た、只のハッタリです。癒しの奇跡を広範囲に広げたところで何の効果もありませんわ」

「それがどうした? お前の言う通り癒しの力を弱め広範囲に広めただけかもしれん。だが、お前も噂ぐらいは聞いておろう、この者は医師さえもさじをなげたユフィの傷を一瞬で治したのだ。傷跡一つ残さずにな」

「っ!」

 ザワザワザワ


「アリアナよ、今宵は初代聖女の誕生を祝うめでたき日、多少の無礼は許すが候補生たちへの侮辱は許さん。お前の娘がこの者と同じことができるというのなら話は別だが、できぬとあらば今すぐ先ほどの言葉を撤回してもらおう」

 何とも悔しそうに顔を歪めるアリアナ様、国王様に一睨みして私の方にも怒りの視線をぶつけてくるが、その間に王妃様が立ち塞がる。


「アリアナ、陛下の言う通り今回の無礼は見逃してあげるし、娘の候補生への参加も認めてあげる。だけど忘れないで、今のあなたは王女でもなければ聖女候補生でもない。私の目の黒いうちはこの子たちには指一本触れさせないわよ」

「何をたかが公爵家の娘の分際で……この私を見下すな!」

 アリアナ様の一言で会場内が一気に静まり返る。

 この人は一体何がしたいんだ、如何に元王女だったとしても王妃となられたラーナ様にこれほど無礼な口を叩くなんて、普通なら只ではすまないはずだ。


「少し頭を冷やしなさい、アリアナ」

 今まで傍観されていた聖女様が優しい声で語りかける。だがこれが決め手となり会場内からアリアナ様を非難する声が広まっていく。


「どうした、言葉を撤回するつもりがなければこの場にいる全員に力を見せればいい。なにも難しい話ではなかろう」

 国王様も人が悪い、いくら言葉では許すと言ったとはいえ、プライドの塊とも思えるアリアナ様に頭を下げろと言っているのだ。しかも平民であるこの私に、それも多くの貴族たちが見守る中でだ。


「……不愉快よ! 私を侮辱したことをいつか後悔させてあげるわ!」

 結局捨て台詞を残し、娘と一緒に会場を後にされた。




「皆の者、騒ぎを大きくさせたことに謝罪しよう。見ての通り娘のユフィーリアを始め、フランシュベルグ家の長女であるクラリスの娘にして、レナード・アシュタロテの娘でもあるティナ・フランシュベルグ、その他にも三名もの聖女候補生が集まった。

 今宵、急遽新なる候補生を迎えることになったが、先ほど力の一端を見た通り、何も心配することはないと約束しよう」

 国王陛下の一言で会場内が一気に湧き上がる。

 どうやら少しはお役に立てたみたいで良かった……おっと

 少し頑張りすぎたせいで足元がフラついてしまう。


(お姉様!)

(ごめん大丈夫だから)

 ユフィに見えないように支えられながら気力でガンバる。今ここで倒れては全てが台無しだ。


 この後レジーナたちは男性たちに誘われダンスをエリアの方へと向かい。私は玉座の裏にある王族専用の出入り口から、聖女様とユフィと一緒に下がらせてもらった。



「もう、無茶をしないでください。あんな体に負担が掛かることをすれば本当に倒れてしまいますよ」

 会場から出た私たちはすぐ近くに用意された控え部屋へ入り、用意してもらったお茶を頂きながら体を休める。

 聖女様はお歳だし、ユフィは体調を考慮して下がったことになっているが、私は妙に注目を浴びてしまった関係で、現在会場内では私捜しが始まっていると、先ほどお茶の用意をしてくださったメイド長のアドニアさんがおっしゃっていた。


「ごめんごめん、あーでもしないと国王様の立場がないかなぁって思っちゃったのよ」

「だからといってあんな無茶なこと、普通やろうと思ってもできないんですよ!」

 今日に限ってやたらとユフィが叱ってくる。

「大丈夫よ、別に本気で傷を癒すつもりなんて無いんだから只の演出よ? お母さんだって地元のカラオケ大会の演出でよく使ってたもん」

 懐かしいなぁ、みんなにせがまれてお母さんよくキラキラと癒しの光を降らせてたっけ。


「前から聞いてたんですが、お姉さまのお母さんって……」

「ふふふ、クラリスらしいわね。あの子癒しの力だけは凄かったから」

 ユフィは呆れ、聖女様は懐かしそうな顔をされる。

 お母さん、昔からそんな性格だったんだ。


「聖女様、お母さんも聖女様の元で修行されたんですよね」

「えぇ、そうよ。今のあなたにそっくりだわ」

「お母さんが私とそっくり?」

「時々とんでもないことをするところとか、いつも周りを明るくすることとか、少しおっちょこちょいなところとかね。うふふ」

 そ、それは褒められてるんだろうか……

「ホント懐かしいわね……ごほっごほっ」

「お婆様!」

「大丈夫よ、少しお茶で咽ただけだから」

 ん? 何だろう今の……妙にユフィが焦っていた気がするんだけれど。


『全く、母が母なら娘も娘か』

「うわっ」

 突然頭の中に声が響いてくる。

「ちょっと、急に話しかけないでよね」

「どうしたんですか? お姉様」

 私が急に変な声を出したもんだからユフィが不思議そうに尋ねてくる。


「あぁ、ごめん。急に御影みかげが話しかけてくるもんだから」

「聖獣様がですか?」

 ん〜、ヤリづらい。御影みかげとの会話って他人には聞こえないのよね。

「ねぇ、普通に声を出せないの? せっかくだから一緒にお茶しようよ」

 恐らく御影みかげのフワモコの中に隠れてたであろうライムが飛んできて、私の肩にちょこんと座る。


「やれやれ、我は茶飲み友達ではないのだがな」

 そう言いながらも透明化を解き、全員に聞こえるよう普通に言葉を喋ってくれる御影みかげ君。実は結構いい子なのかもしれない。

「だから君はやめろ」

「だから人の心を読まないでよ」

「ふ、ふははは」

「あはは」


「あのー、妙にお姉様と聖獣様の仲がいいんですが」

「これも血筋かしら、クラリスも妙に御影みかげと仲が良かったのよね」

 何故か笑いあう私たちを見て、不思議そうにしている二人がいるのでした。






 その日の夜、パーティーを終えて静まり返ったお城の一室。


「やはり出てきたな」

「えぇ、陛下の推察通りでしたな」

 人払をされた一室にいるのは国王陛下とラーナ王妃、そして二人の公爵の四人だけ。

 パーティーの余韻を楽しむためか、テーブルには酒と軽い食事が用意されている。


「ティナの力に関してはすぐに箝口令を敷いたのだが、あの反応はやはり知っておったな」

「仕方がありませんわ陛下、あの時は色々急なことだったから私たちもティナの存在を知らなかったのですし、ユフィが襲われたことは多くに知れ渡ってしまった後だったのですから」


「しかし一体誰が? 城に仕えている者がそう簡単に口を開くとは考えられませんが?」

「どうせ不始末をしたというメイドたちか、辞めた二人の候補生といったところでしょ。そちらの方は私のイシュタルテ家で対処しておきます。アシュタロテ公爵は引き続きティナの護衛を」

「分かった。しかし先ほどはどうなるかと思いましたが、まさかあの場であれ程の力を見せられるとは。ティナには今回のことは話しておられなかったのですよね?」


「えぇ、正直なところ他の貴族や他国の使者にはもう少し隠しておきたかったのだけれど……」

「でも、あの場で見せつけるのは絶妙のタイミングだったと思うわ。不安の空気を出していた貴族たちはもちろん、友交の名で様子を見にきている近隣諸侯の使者には十分な効果があった。それにアリアナの悔しがる姿はなかなかの見ものだったわよ」



「メルクリウス様、それにお姉様、如何でしょうかティナの力は」

「あぁ、問題なさそうだ。いや予想以上というべきか」

「そうね、流石クラリスの娘といったところかしら」


「ユフィの容態はティナのお陰で予想以上に日々良くなっている。だが間に合わん」

「それほどにまでに聖女様のお身体が?」


「陛下、ティナのことについて聖女様はなんと申されているのでしょうか?」

「力については申し分ない、問題は年齢の方だと」

「やはりそうですか、ティナはまだ十六歳でしたわよね?」

「だからといって時間は待ってはくれん、間もなく十七歳を迎えるとしても一年足りん。聖痕の継承に身体が耐えられるかどうか」

「ただ現状、選べる選択肢がないということですか」

 アミーテ様の問いかけに陛下とメルクリウス様が表情を曇らせる。

 ここにいる全員が聖女の継承が十八歳以降と定められている本当の理由を知っているのだ。


「分かっていると思うがアリアナとその娘には知られてはならぬからな」

「分かっております。本来なら間もなく十八歳を迎えるアリアナの娘の方が、条件を全て満たしているのですから」



「それにしても血を分けた妹のことを信じられんとはな、後でクラリスの妹の件を聞かされて考えさせられたよ」

「ですが陛下、ダニエラにしろアリアナにしろ自分たちが置かれた環境に甘えているだけですわ。ティナを見てください、自身に貴族の血が流れているというのに苦しい生活の中で必死に生きてきたんです。それなのに他人を騙し陥れ、あまつさえクラリスが弱っていく姿を知っておきながら笑っているなんて。

 ヴィクトーリアもクラリスもあれ程妹のことを大切にしていたというのに……」


「ヴィクトーリアの殺害にユフィへの暗殺未遂、やはり考えられる者は他におらんか」

「えぇ、そうですね。この国で未来の聖女でもある王女を狙おうなんて考える者はそうそうおりません。それに二度も偶然に聖女様が不在の情報が漏れた上、城への侵入経路と王女が立ち入りそうな場所を特定できる者などいないはず。あの子以外にはね」


「こちらも色々調べてはいるのですが、なかなか尻尾が掴まえられません。恐らくユースランド家の大元であるガーランド王国が介入していると思うのですが」

「アリアナのことだ、聖女である母上に逆恨みをして聖女の力をガーランドに売り飛ばそうとしておるのだろう。そしてかの国の聖女として地位を得れば我が国への復讐もできるというもの」

「そこまで分かっていながら見過ごさなければならないとは」

「仕方がありませんわ、国は秩序の上に成り立っているんですもの。証拠もなしに裁く訳にはいきません」

「何か偽の証拠でも用意できればいいのだが……」

「アシュタロテ公爵、滅多なことを言うものではないわ。もし国のトップがそのようなことをしてみなさい、貴族たちは誰も陛下に付き従おうとしなくなるわ。それにあの子のことだから、既に何らかの手は打っているはずよ。もし逃げられでもしてみなさい、取り返しのつかないことになりかねないわよ」


「……ならばやるべきことは一つだな」

 陛下の一言で重苦しい空気が辺りをしめる。


「この話、エルバート卿には?」

「あぁ、近々話すつもりだ」

「では、もしユフィーリア様のお身体が良くならなければどうされますか?」

「その時はティナには申し訳ないがそのまま継続してもらい、ユフィには身を引いてもらう。本人にもそう伝えてある」

「わかりました。ならば全員一致ということで?」

 全員が頷く様子を確かめ


「ティナを第四十六代目の聖女とする」

 陛下が一言そう告げるのだった。

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