第19話 お姉ちゃんの威厳
「それじゃお姉ちゃんはクッキーの生地を作って、私とユフィお姉ちゃんはスコーンの方をつくるから」
ソルティアルに戻ってから二日目、今日は朝からお屋敷の厨房を借りてのお菓子作り。
本当は領内の観光って考えていたんだけれど、もともとソルティアルには観光ができるスポットもなければ私自身それほど詳しい訳でもなく、更にユフィを連れ出す=騎士団の護衛となってしまうため、結局お屋敷の庭園を借りてお茶会を行うことになった。
それが何故自らお菓子作りをしているかといえば、話を聞いたリィナが『それじゃ私がクッキーを焼くね』と言ってくれ、更にその話を聞いたユフィが『私もお手伝いしていいですか』と言い出したので、姉の座の危険を感じた私が『リィナにお姉ちゃんって呼ばれたくば、私より美味しいお菓子を作ってみなさい!』と言ってしまったので、現在こんな感じになってしまったと言うわけだ。
「お姉ちゃん、ちゃんと量ってから材料を入れてよね。前みたいに薄力粉を一袋とか絶対にしちゃダメだよ」
私がボウルに材料を投入しようとしていた矢先、リィナが何故か冷たく私を叱ってくる。
「わ、分かってるわよ。これでもご近所さんから料理の天才、爆裂ティナちゃんって恐れられてたんだからね」
まさに袋ごと投入しようとしていたところを止められ、寸前で思いとどまる。
私の二つ名を聞いたリィナが何故か冷たい視線を送ってくるが、こんなところで怯えていては爆裂ティナちゃんの名が廃ってしまう。ここはひとつ姉の威厳を保つために私はやればできる子ってところを見せつけなければならない。
決してユフィに対抗しているわけではない、ないったらない。
「ティナってお菓子まで作れるんですね、私てっきり不器用さんだと思っていました」
ブフッ、ユフィそれ直球すぎ! 本人に悪気はないんだろうけど、流石にちょっと失礼じゃないかな。
「わ、私だってお菓子の一つや二つぐらいはできるんだからね」
年上の威厳を見せるため、胸を張って威張ってみるが「おねえちゃんお願いだから私のいないところでは絶対キッチンに立たないでよね」と、リィナに冷たくあしらわれ、落ち込んでしまう私。
うぅ、しくしく。お母さんリィナが冷たいです。
気を取り直してクッキーの生地作り。
今回は少し多めに作るので薄力粉600g、バター300g、お塩20g投入!
「ってお姉ちゃんそれ塩!」
「へ?」
ザザザーーッ
「ちょっと、もう何してるのよ」
何故かリィナが私を非難してくる。
「何かいけなかった? ちゃんと量って入れたよ」
私は学習する子、リィナに言われたのでちゃんとグラムを量ってから入れたので何も間違っていないはず。これで叱られるのはちょっと腑に落ちないわね。
「そうじゃなくて、今お塩を入れたよね」
「えっ、ダメなの?」
「ダメに決まってるよー」
「だって、塩って砂糖の親戚みたいなもんでしょ? お母さんだってそう言ってたもの」
以前お母さんはこんなことを言っていた、料理は考えるんじゃない感じるんだ! って。
「お母さんの言うことを信じちゃダメだよ、お父さんからも何時も叱られてたでしょ」
「で、でもね。お母さんて凄い人なのよ。そんな人が言ったことを信じるなと言われても……」
「もういい、お姉ちゃんは石窯の方を見ていて。絶対食材を触っちゃダメだからね」
うぅ、しくしく。お父さんリィナが冷たいです。
仕方なく石窯の様子を見ることになった私。
こんなことじゃユフィにも示しがつかないわ。あの子ったらリィナと楽しそうにおしゃべりしながら生地を捏ねているのよ、このままじゃ姉の座も奪われちゃうじゃない。
よし、石窯の温度を一気に上げて姉の威厳を見せつけてあげるわ。
確か空気を送り込むとよく燃えるのよね。心の中で精霊さんにお願いして……
「ふぅーーー!」
ゴボーーーーッ!!
「きゃーーー」
「お、お姉ちゃん何してるのよ!!」
「ケホケホ、ちょっと火力を上げようと思って精霊さんにお願いを……」
「お母さんと同じことしないでよー! もう、お姉ちゃんは何もしなくていいから、部屋の外で待っていて!」
しゅん。
「ライム、リィナが冷たいよぉ」
「えっと、自業自得のような気がしちゃいます」
しくしく
「ん? 何やってんだこんな所で」
厨房の外で一人いじけていたら、たまたま通りがかったクラウス様に声をかけられた。
「リィナに追い出されちゃったよぉー」
「ふ、ふはははは、そりゃリィナも怒るだろう。普通塩と砂糖は間違えねぇわな」
話を聞き終えたクラウス様は慰めるどころか目の前で大笑いされてしまい、更に落ち込んでしまう可哀想な私。
ぐすん、だってお母さんが塩は砂糖の親戚だって言ったんだもん。
「まぁ丁度いいや、少し時間いいか? 昨日話していたことをちょっと聞きたいんだ」
「あ、はい。私もちょっと話したいことがあったので」
昨日は到着したばかりってこともあり、夜はすぐに寝ちゃったのよね。それにエステラ様の件もあるので一度クラウス様に相談しようと思っていたんだ。
「そんじゃまずは礼から言わなきゃな」
場所をクラウス様の書斎に変え、最初に出てきた言葉がこれだった。
「お礼ですか? 聖女候補生のことは私が望んだことですので、今更お礼なんて」
叔母の件は話していないが、家を取り戻すために金貨百枚が必要なことは伝えているので、今更お礼など言ってもらうような覚えは何もない。
「いや、そっちじゃなくて王女殿下を助けた謝礼をこっちに回してくれたんだろ?」
あっ、そういえばそんなこともあったわね。もう一ヶ月前のことだったからすっかり忘れていたわ。
「あれのお陰で水田工事に着手できたんだ、感謝するぜ」
「いえいえ、どうせ私一人じゃ使えませんし、国民の税金をそんな理由で貰うわけにはいきませんので」
どうやらあのお金はソルティアル領のお役に立てたようだ。
「しっかし友達つくっていいようにしてくれとは言ったが、まさか王女殿下と友達になっちまうとはな」
「あはは、自分でも不思議な気分です」
そういえばユフィと友達になったのって、お母さんが王妃様の親友って分かる前だったわよ。遅かれ早かれユフィとは友達になっていたのかもしれないが、今更ながら大それたことをしたもんだ。
「それで、話は変わるがエステラから話を聞いたんだろ?」
一通りの報告が終わり一息ついたところで昨日の出来事に話が変わった。
「はい」
「で、何で断った? こう言っちゃ何だが悪い話じゃないと思うんだが」
「すみません、身に余るご好意だとは思っておりますが……」
「何も養子になれって言うつもりはねぇんだ、子爵の爵位は姉貴の息子に継がせればいいだけだからな。自分で言うのもなんだが、悪い条件じゃねぇだろ? 別に暮らしていく途中で嫌になれば出ていけばいい、それでもダメなのか?」
そこまで言ってくださるのは正直嬉しい、だからこそお二人にご迷惑をお掛けしてしまうと思うと、どうしても良い返事をすることができないのだ。
「まぁ、無理強いをするつもりなんて別に無いんだ。ただ、納得できる理由を聞かねぇとエステラがな。昨日から随分落ち込んでしまって元気がねぇんだよ」
やっぱりそうか、私が一番気にしていたこと。
昨日あれからエステラ様の様子がおかしかった。私たちの前では明るく振舞っておられたけれど、何処か少しよそよそしかったんだ。
「これは俺だけ考えだが、嬢ちゃんの出生に関わってるんじゃねぇのか?」
ピクッ
「これでも一応貴族の端くれだ、嫌でもいろんな貴族たちとの付き合いもやらなきゃいけねぇからな。だから分かるんだよ、嬢ちゃんたちが普通の平民じゃねぇってこともな。どうやら妹の方は何も知らないようだが、あんたは聞いてるんじゃねぇのか? 亡くなった両親から」
成り行きとはいえ、ここまで関わらせてしまったんだ。エステラ様のこともあるのでこのまま黙っておくということももうできないだろう。
「分かりました、ただ誰にも口外しないって約束してもらえますか?」
「あぁ、分かってる」
私は意を決して語り出す、お母さんたちの話を。
「私たち姉妹にはフランシュヴェルグ家の血が流れています」
「ったぁ、よりにもよって侯爵家かよ。しかも父方が二大公爵家の一角とはまたえらい大物が出てきたもんだ」
話を聞き終えたクラウス様が片手で額を押さえながら苦悶している。流石に豪快なクラウス様でも手に余ってしまうのだろう。
「しかしこれで納得ができたぜ、そりゃ迂闊に返事ができないわな」
「すみません、ここに来た時には侯爵家の血が流れているってことしか知らなかったもので」
私だって王妃様と聖女様に会うまで、お母さんのこともお父さんのことも何も知らなかったんだ。
「それじゃフランシュヴェルグ家の方が嬢ちゃんたちを引き取ってくれるのか?」
「えっ? どちらにも頼るつもりはありませんよ?」
クラウス様には両親の出身と家出をしたこと、それとお母さんが聖女候補生だったことで、王妃様と聖女様にバレてしまったところまで説明した。
それが何故フランシュヴェルグ家が私を引き取ることにつながるのだろう。
「おいおい、まさか両家に嬢ちゃんたちのこと伝えてないんじゃねぇよな?」
「? 伝えてませんけど?」
「マジかよ、フランシュヴェルグ家っていえば王家の血筋じゃねぇか、しかも行方不明のご令嬢っていえば次期当主の方だろ? 今のご当主は行方不明の娘に後を継がせるために今でも現役を貫いてるって話だぜ」
「は?」
今なんて? 自分でも飛びっきり間抜けな声が出てしまった気がするが、この際軽く見逃してほしい。
ちょっとまって、私そんな話聞いたことがないんですが!
「王妃様に身バレしてんだろ? 何も聞いてないのか?」
「えっと、内緒にしてほしいと言っただけですが……」
「バカか、そんなことできるわけねぇだろう」
うぅ、バカっていわれたぁ。だって内緒にしてくれるって言ったもん。ぐすん
でもクラウス様の話が本当なら、やっぱりお祖父さんはお母さんのことを怒っていないってこと? それじゃ叔母さんが言ってた話って一体……
「ったく、あの王妃のことだからそのうち偶然を装ってバッタリ、なんてことになるんじぇねぇか」
あ、ありえそうで妙に怖いんですが。
「ど、どうしたらいいんですか!?」
「潔く侯爵家に戻って爵位を継ぐんだな」
ひ、ひどい。クラウス様に助けを求めたらバッサリ切り捨てられました。
うぅ、王妃様、約束守ってくださってますよね?




