たったひとつだけ、望むのは 1
ゼイン様とシャーロットを目撃し、大泣きしてしまった舞踏会から半月が経った。
「おねえちゃん、どうもありがとう!」
「どういたしまして。また来てね」
今日も食堂を利用してくれた子ども達を店の外まで見送り、笑顔で手を振る。
気軽に行ける場所だと認識してくれたらしく、その話も広がったようで、最近はたくさんの子どもが利用してくれるようになっていた。
みんな美味しかったと心から喜んでくれて、その度に胸が温かくなる。
和風テイストの料理や元の世界のランチセット形式や盛り付けも好評で、一般客のリピーターも多く、経営の方も驚くほど順調だった。
先日の男性が言っていた通り、子ども達のためにというお客さんも多く、売り上げ面でも心理的な意味でも救われている。
「この料理、三番テーブルに運んできますね」
「ええ、ありがとう」
騎士の仕事しかしたことがないというエヴァンも食堂の仕事が楽しいらしく、積極的に手伝ってくれている。
あまりにも剣を使わなすぎて、どこに置いたのか忘れるくらいだ。そもそもの護衛として大丈夫だろうか。
そんなことを考えながら働くエヴァンの姿を見つめていると、彼から料理を受け取った女性客達は頬をぽっと赤く染めながら、話しかけていた。
エヴァン目当てでくる女性客も、やはり少なくない。
「エヴァンさんって、休日は何をされてるんですか?」
「カジノで金をばら撒いたり、朝まで酒を飲んだりしていますよ。絡んできた奴らをボコボコにしたりとか」
「…………」
そしてエヴァンは順調に女性客にファンを増やし、順調に減らしていた。
お父様も彼の賃金は多すぎるくらい払っているから好きにしていい、とにかく側に置けと言ってくれており、お言葉に存分に甘えている。
「お嬢ちゃん、注文いいかい?」
「はーい、ただいま!」
もちろん私もなるべく店に出るようにしていて、毎日がとても充実していた。ヤナとハニワちゃんも手伝いをしてくれており、いつも一緒だ。
お父様が甘すぎるせいで侯爵令嬢という身分でも自由はきくし、きっと夢が叶うってこういうことなんだろうと思ったりもしていた。
「…………」
ゼイン様は、舞踏会の日以来見ていない。連絡も取っていないし、シャーロットと上手くいっているはず。
あと半月で距離を置く三ヶ月が経つけれど、もうそんな約束だって意味はないだろう。そんなことを考えるたびに、胸が痛くなるのもいつものことだ。
けれど、こうして忙しなく働いていると、色々なことを忘れられて良かった。
「こんにちは」
「あ、イザークさん! また来てくれたんですね」
そんな中、やってきたのはイザークさんだった。以前はゼイン様が失礼な態度を取ってしまったものの、あの後もたまに食事をしに来てくれている。
ゼイン様には気を付けろと言われたけれど、特に何も問題はなく他愛のない話をしては帰っていくだけ。
むしろ子ども達が喜ぶようなおもちゃや本も持ってきてくれて、良い人だと従業員からも人気だった。
「ふふ、なんだかご機嫌ですね」
注文をとり終えた後そう声をかければ、イザークさんは柔らかく目を細めた。
「そう見えますか? 最近、良いことがあったんです」
「ええ。どんな良いことが?」
「実は色々と邪魔をする厄介な人間がいたのですが、いなくなったようでして」
「わあ、それは良かったですね」
優しいイザークさんがそう言うのだから、よほど邪魔な存在だったのだろう。
「はい、お蔭様で。あなたの食堂が上手くいくよう、これからも応援していますね」
「ありがとうございます」
つられて嬉しくなった私はぺこりと頭を下げると、厨房へ向かった。
「私が代わるから、そろそろ休憩に入っていいわ」
「はーい! オーナーも休んでくださいね」
「ありがとう」
従業員でありミリエルで暮らす平民の彼女は、明るいムードメーカーだ。エヴァンさんって顔は良いけど色々おかしいですよね、といつも言っている。完全同意だ。
ありがたいことに予想以上に忙しく、彼女の他にあと三人雇っているけれど、みんな働き者で良い子で、とても助かっている。
厨房に入った私は包丁を手に取り、無心でサラダ用の野菜を切っていく。
「…………はあ」
本来の小説通りの未来に向けて動いており、私自身の夢も叶った充実した日々。
それなのに、心のどこかにぽっかりと穴が空いた感覚は消えないままだった。




