支えとなるもの 2
視界がゼイン様でいっぱいになる中、周りがざわっとしたのが分かる。
嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになりながら、私も遠慮がちに背中に手を回した。
「君に会うために急いでここに来たんだが……どうして目を逸らすんだ?」
「す、素敵だなと思いまして」
間近で着飾ったゼイン様を見ると、その眩しさにくらくらする。
元の世界には「美人は三日で飽きる」なんて言葉があるものの、ゼイン様は中身も素晴らしい人だということもあり、一生慣れたり飽きたりすることはないだろう。
「ちょうど他の招待客を見送っていたガードナーと門の前で会って、話してきたんだ」
「そうだったんですね。討伐遠征、お疲れ様でした」
数日間に及ぶ魔物討伐の遠征先から急ぎ戻ってきて休む間もなかったはずなのに、ゼイン様の端正な顔には、疲れの色など一切見えない。
「君こそ大変だっただろう。国中を回っている上に、社交の場にもよく顔を出していたと聞いている。陛下に今も付き合わされているのか?」
ここ最近は落ち着いたけれど、認定式の後は陛下に頻繁に呼び出され、色々な集まりに一緒に参加させられていた。
聖女は国王の手の内、というのをアピールするためなのだろう。シーウェル王国は王族派と貴族派に分かれており、私を使って貴族派へ圧をかけているようだった。
もちろん利用されるのは本意ではないけれど、陛下を敵に回しては厄介なことになるとランハートやダナ様からも聞いていたため、断ることはせずにいる。
「陛下に色々と言われているなら、俺から断っておく」
「いえ、最近は全て私の意志です! これまでまともな社交活動をしていなかった分、頑張ろうと思いまして」
図らずも「男好きの強欲悪女」時代の名誉挽回はできたものの、今の私には圧倒的に社交界内での人脈がない。
聖女になってからは声をかけられることも増えたけれど、この力や立場を利用しようと目論んでいる人が少なくないことも理解している。
『お嬢様は人を信じすぎですよ。それはとても良いことですが、貴族なんて大半は信用しない方がいいです』
人をまっすぐに信じられないのは悲しいけれど、そういう世界である以上、自分や周りを守るためにも必要なことなのだろう。
いずれ私は筆頭公爵家であるウィンズレット公爵家に嫁ぐのだから、社交界で信用できる人脈を広げていかなければならない。
そのためにも多忙な日々の中、多少の無理を押してでも様々な場に参加していた。
「…………」
ゼイン様は何故か少し眉を寄せ、どこか思い詰めるような表情を浮かべている。
やがて私の頬に触れると、小さく息を吐いた。
「……ありがとう。ただ無理だけはしないでくれ。君の身体が何よりも大切だから」
「はい、分かりました」
何に対するお礼かは分からなかったけれど、心配はかけたくなくて笑顔を返す。
それからは二人で軽く挨拶をして周っていたものの、ランハートが「多忙な二人はパーティーを抜けてゆっくりしなよ」と促してくれて、お言葉に甘えることにした。
「休むなら空いてる部屋もあるけど、もう帰るんだ?」
「ああ、ありがとう」
いつの間にか二人の間に敬語はなくなっていて、距離が近付いたのを感じる。ゼイン様はまっすぐに帰るつもりらしく、ランハートの提案を断っていた。
「二人とも来てくれてありがとう、嬉しかったよ。またね」
「こちらこそ。あなたにとって素敵な一年になりますように」
ひらひらと手を振るランハートに見送られ、会場を後にする。賑やかな会場と違い屋敷の外はとても静かで、心地よい夜風が頬を撫でていく。
「グレースが彼を慕っていた理由が、今なら分かる気がするよ」
「でしょう? 本当に素敵な人ですから」
「……君に言われると妬けるな」
「もう、ゼイン様ってば」
ゼイン様にもランハートの良さが伝わったことを嬉しく思いながら、手を引かれて公爵家の馬車に乗り込んだ。
手を繋ぎながら並んで座ってすぐ、馬車は発車する。
「もうすぐ君はリトラに浄化へ行くんだろう?」
「その予定です。次が最後なので頑張ります」
リトラは瘴気が湧いている最後の町で、来週末には出発する予定だ。普段はすぐに浄化に向かうものの、リトラには魔物が大量に湧いているそうで、その討伐が終わってから、聖女である私が向かうことになっていた。
「リトラには俺も一緒に行こうと思う」
「えっ?」
予想外の言葉目を瞬く私に、ゼイン様は続ける。
「君と過ごすために時間を作ったんだ。最後くらいは君を守らせてほしい」
「ゼイン様……」
マリアベルとも文通を続けていて、ゼイン様がどれほど多忙なのかは聞いている。
そんな中、私のために無理を押して予定を開けてくれたのだと思うと胸を打たれた。
「ぜひお願いします! すごく心強いですし、嬉しいです」
「良かった。いつも側で君を守れるヘイルが羨ましいよ」
「エヴァン自体は特に、喜びを感じてはいないと思いますが……」
リトラはセンツベリー侯爵領の隣の伯爵領にあるそうで、王都からは転移魔法陣を使っても片道四日はかかる。
その間もずっと一緒にいられると思うと、憂鬱だった移動時間も楽しみになった。
「君は浄化後、センツベリー侯爵領へ行くのか?」
「いえ、まだ何も決めていなかったのですが……行ってみたいとは思っていました」
「行ってみたい? 他人行儀な言い方をするんだな」
「あっ、いえ、行きたい! です!」
怪訝な顔をするゼイン様を前に、慌てて両手を振って言い直す。グレースに転生してから逃亡作戦だったり食堂の経営だったりで多忙だった私は、一度もセンツベリー侯爵領に行ったことがなかった。
実家のような場所なのだし、これを機に行ってみるのもいいかもしれない。私自身、グレース・センツベリーの生まれ育った場所を見てみたいという気持ちもあった。
「君が行くのなら、俺も一緒に行ってもいいだろうか。侯爵にも改めて挨拶をしたい」
「もちろんです! 私もゼイン様と一緒がいいので!」
嬉しくてつい前のめりで大きな声を出してしまい、ゼイン様にふっと笑われてしまう。ゼイン様と一緒に行けると思うと、より楽しみになってくる。
出先でも軽く仕事はするらしいけれど、なんと一ヶ月も休みを作ったらしい。
以前ウィンズレット公爵領に行った際はたくさん素敵な思い出ができたし、事前に色々と調べておいて、ゼイン様にも同じように楽しんでもらいたい。
「ありがとう。楽しみにしている」
「はい! 私もです」
リトラに行くまでの残りの日々も社交の予定を詰め込んであるものの、最高の楽しみができたお蔭で力が湧いてくる。
「でも、今日はとてもお疲れですよね。はしゃいでしまってごめんなさい」
「なぜそう思う? 俺は平気だよ」
「ランハートの提案を断ってすぐに馬車に乗ったので、早く帰って休みたいのかなって」
ゼイン様は軽い調子で「なるほど」と呟く。
すると次の瞬間、彼の右手がこちらへ伸びてきたかと思うと後頭部を掴まれ、視界はゼイン様でいっぱいになっていた。
「君とこういうことがしたくて」
唇が離れた後、ゼイン様は不敵な笑みを浮かべる。
「…………っ」
「他人の屋敷では流石に気が引けるだろう?」
私はというと、いきなりのことにはくはくと言葉を失ってしまっていた。一方のゼイン様は余裕たっぷりで、綺麗に口角を上げている。
「君とゆっくり会えなかった間、俺がどれほど我慢していたと思う?」
「ど、どれくらいなんですか……?」
既にいっぱいいっぱいで、質問に対して質問で返すことしかできない。
そんな私の顎に触れたゼイン様は、親指で私の唇を軽くなぞった。
「俺は自分を我慢強い人間だと思っていたんだが、勘違いだったみたいだ。いつだって君に会いたくて触れたくて仕方ない」
ストレートな言葉だけでなく、彼の全てからそれが伝わってくる。普段は落ち着いていて感情をあまり見せないゼイン様の、私しか知らないであろうギャップにまた体温が上がっていく。
早鐘を打ち続けている心臓が休む間もないまま、再びゼイン様の顔が近づいてきて、私は慌てて両手で軽く彼の胸板を押した。
「ま、待ってください。会っていない時間が長かったせいか、まだ恥ずかしくて」
「なら、どうすればいい? こうして少しずつ触れれば慣れるのか?」
ゼイン様の指先が私の手にするりと絡められ、そっと握られる。手を繋いでいるだけなのに、やっぱりどうしようもなくドキドキしてしまう。
「本当にかわいいな、君は」
「……う」
「だが、これくらいで音を上げられては俺も困るな。侯爵邸へ着くまで練習しようか」
ゼイン様は私の手の甲、頬なんかにキスを落としていく。
慣れるどころかドキドキは増していくばかりで、練習の意味なんてなくなり、屋敷に着く頃にはもう顔も見られなくなってしまったのだった。




