支えとなるもの 1
それから二日後、私はエヴァンと共にガードナー侯爵家へ向かう馬車に揺られていた。
いついかなる時も聖女のイメージを壊さないよう神殿からきつく言われており、今日は清楚なパステルカラーのドレスに、シンプルながら高カラットのダイヤがついたアクセサリーを身に纏っている。
「久しぶりの社交の場だし、緊張するわ」
「フィランダーが乗り込んできた時とどちらが緊張しますか?」
「うっ……嫌なことを思い出しちゃったじゃない」
「最悪な状況を思い出して比べると楽になりません? 俺なりの優しさですよ」
「あ、ありがとう……確かにそうね、大分マシだわ」
ちなみにフィランダーが帰った翌日、神殿から使いが来て、ゼドニーク王国へ浄化に行くことが正式決定したという報告を受けた。
シーウェル国王も一応は私の意志を汲むつもりだったようで、国内の浄化さえ終われば行ってきて構わないそうだ。
陛下としてはゼドニークに恩も売れるし、損はないのだろう。実際に行動するのも危険な目に遭うのも、私だけなのだから。
「でも、楽しみですね。国外なんて久しぶりです」
「エヴァンは元々よく国外に行っていたの?」
「まあ、それなりに。人生色々ですから」
「人生色々……」
よくよく考えると、私はエヴァンのことをほとんど知らない。毎日これだけ一緒にいるのに名前や年齢くらいしか知らないなんて、普通に考えればおかしい。
けれどエヴァン・ヘイルという人には、そんなことを気にさせない何かがあった。言動に突っ込みどころが多すぎて、基本情報まで追いついてないのもあるかもしれない。
「ゼドニークは俺も初めてなので。浄化をして回りながら観光でもしましょう」
「そうね、ありがとう。少し楽しみになったわ」
当然のように一緒に来てくれるつもりらしいエヴァンに、心から感謝した。
そしてまだまだ気になることは尽きないけれど、彼が自分から話したい時に話してくれるのをこれからも待とうと思う。
やがて華やかな外観のガードナー侯爵邸が見え、エヴァンにお礼を告げて別れると、一人で大勢の招待客で溢れる屋敷の中へ足を踏み入れた。
「やあグレース、来てくれてありがとう。聖女様が祝ってくれるなんて鼻が高いよ」
主役であるランハートは会場に入るなり、すぐに私に気付いて側へ来てくれた。
「もう、あなたまでそんな扱いはやめて」
馬車を降りてからというもの、常に私は注目の的で、会場である大広間に到着するまでの間にも声をかけられ続けていた。
それも「聖女様」と大袈裟に持ち上げられ褒められ続けられ、落ち着かない。
元々、嫌われ者の悪女として周りから避けられてばかりいたから、尚更だった。
「清楚な格好も良く似合うね。背中から羽が生えて見えるよ」
「ふふ、大袈裟よ。あなたこそとても素敵だわ」
いつも華やかで美しい彼だけれど、真っ白な正装に豪華な装飾品を身に纏い、黄金の髪を軽く後ろへ流す今日の姿は、普段よりもさらに眩しい。
女性だけでなく、男性まで見惚れているくらいだった。
「あなたにはとてもお世話になっているもの。何かあったらいつでもなんでも言ってね。それとプレゼントは受付に渡してあるから、後で良かったら受け取って」
「ありがとう、心強いよ。プレゼントも楽しみだ」
周りの態度がガラッと変わった中、いつも通り接してくれるランハートといると、すごくほっとする。
ランハートはすみれ色の両目で私を見つめた後、人差し指でとんと私の額に触れた。
「どうせ君は毎日のように無理をしてるんじゃない?」
「えっ?」
「グレースは頑張り屋だからね。でも、君はもう十分よくやってるよ。それに周りは君が思っているよりも君のことを見ていないから、そんなに気を張らなくていい」
「ランハート……」
今の私の気持ちや状況をよく理解した上で、励ましてくれているのだろう。優しい声音や柔らかく細められた瞳からは、心から気遣ってくれているのも伝わってくる。
「きっとグレースは自分にすごく厳しいんだろうな。自分が十分だと思うラインをもっと下げて、それを超えたらたくさん褒めてあげた方が得だと思わない?」
──聖女という肩書きを背負ってから、私は周りの目を意識し続けていた。
神殿やシミオン様にきつく言われているから、だけではない。聖女について学ぶ中で過去の聖女様達がどれほど立派だったかを知り、彼女達が積み上げてきたものを私が壊すわけにはいかないと、責任を感じ続けていたからだ。
「……ありがとう。あなたの言う通りね」
「物心ついてから常に周りから注目をされながらも、散々やりたい放題してきた僕の言葉には説得力があるだろう? それに今日は君より俺の方が目立っているはずだよ」
湿っぽくならないよう、わざと戯けてくれるランハートの優しさに涙腺が緩む。
それでもぐっと涙を堪え、めいっぱいの笑顔を向けた。
「あなたの言葉、大切に胸の中にしまっておくわ」
「大したことじゃないけどね。とにかく肩の力を抜いて、今日は楽しんで」
私の両肩をとんと叩いたランハートは他の招待客にも挨拶をしてくると言い、笑顔で去っていく。そんな彼にもう一度お礼を言い、小さくなっていく背中を見送る。
確かにランハートには好き勝手している一面もあるけれど、彼はいつも大勢の人に囲まれていて、女性だけでなく同性の仲間達も彼を褒め称えている。
それは優しくて気遣いに溢れた、彼の人柄によるものなのだろう。
ランハートのお蔭で心が軽くなった私は「過去のグレースよりは良い子でいよう」なんて低い目標を掲げ、再び招待客の人々との交流を深めることにしたのだった。
それから二時間ほどして少し疲れた私は飲み物を手に、会場の端へ移動した。
私達が婚約したという話が広がっていること、ブレスレットの効果もあって、以前のように下心のある異性から声をかけられることはなくなってありがたい。
「ゼイン様、まだ王都へ戻ってきていないのかしら」
間に合えば来るという話だったけれど、本来は討伐遠征なんて危険で大変な仕事の後に社交の場に参加すること自体、無理な話だと分かっている。
だからこそ、今日はゆっくり休んでほしい。そう、思っているのに。
「……やっぱり、会いたいな」
幸せそうに寄り添い合う男女を見ていると、そんな想いが込み上げてくる。
寂しい気持ちになりながらも、我慢しようと左手の薬指の指輪を撫でた時だった。
「何かしら?」
突然、ざわざわと大広間の入り口が騒がしくなる。
「──え」
どうしたんだろうと人混みの隙間から覗いた先を見た私は、息を呑んだ。
「まあ、今日もウィンズレット公爵様は素敵ね」
「最近は更に輝きが増した気がするわ」
グレーのジャケットを着こなしているゼイン様が、シンプルな装いながら圧倒的なオーラと美麗さで、一瞬にして会場中の視線をかっさらっていたからだ。
そんな彼に私も見惚れていると、やがて目が合った。
途端、無表情だったゼイン様の両目が柔らかく細められ、唇が「グレース」と動く。そして人々は彼の向かう先──私がいる方向へ続く道を開ける。
「待たせてすまない」
「ゼイン様、無事に会えて──っ」
まっすぐに私の目の前まで来てくれたゼイン様は周りの目なんて気にせず、思い切り私を抱きしめた。




