聖女 グレース・センツベリー 3
すると私を守るように、剣の柄に手をかけたエヴァンが前に出てくれた。
そんな私達を見て、フィランダーはくくっと喉を鳴らす。
「あまり警戒しないでくれよ。この間は俺が悪かった」
「お嬢様に何の用だ」
「今日はゼドニーク王国の代表として正式に来たんだ。……まあ、連絡の不備があって、そちらさんからすれば唐突にはなったが」
エヴァンの問いに対し、フィランダーが後ろに立っていた男性に手を差し出すと、すぐに一枚の書類が渡される。
受け取ったフィランダーがこちらへ向けた書類は、ゼドニーク王国とシーウェル王国の許可を得た上でここへ来たことを証明するものらしい。
「聖女サマに頼みがあるんだ」
フィランダーは私へま視線を向け、唇で弧を描いた。
側にエヴァンがいても、やはり彼に対しての恐怖心は拭えず、身体が強張る。
「武器だって持っていないし、魔法を封じる魔道具までさせられてるんだ。絶対に危害は加えないから安心しろ」
私の様子に気付いたらしいゼドニークは軽い調子でひらひらと両手を振り、何もないですよというアピールをする。
その手にはシーウェル王国の紋章が描かれた、銀色のブレスレットが嵌められている。
シーウェル王国に入国する際に正式な客人に嵌められるもので、魔法を封じる効果があるのは周知の事実だった。彼の言っていることはやはり本当らしい。
「少しでいい。話をさせてくれないか」
両国の許可を得た上で正式な代表として来たのなら、邪険にする訳にはいかない。
何より彼の「頼み」の内容を悟っていた私は、ぎゅっとスカートを握りしめた。
「……分かりました。こちらへどうぞ」
屋敷へ手を向ければ、フィランダーは「感謝するよ」と満足げに笑った。
ひとまず応接間へ案内し、彼の話を聞くつもりでいる。
「それにしても、個性的な格好だな。使用人よりも安上がりじゃないか?」
「申し訳ありません。あなたを案内したら、すぐに着替えてきますので」
「いや、俺はそのままで結構だ。興味深いよ」
「笑えない冗談はよしてください」
今回はいきなりの来訪だったから仕方ないものの、本来は他国の王族にこんな農作業スタイルで会うなんて、絶対にあってはならない。
フィランダーを応接間へ案内し、メイドにお茶の準備をお願いすると、早足でエヴァンと共に自室へ向かった。
「し、信じられないんだけど、何がどうなってるの……?」
廊下を歩きながら、本音を漏らす。
小説の中でフィランダーは攻め込んできた際、ゼイン様と戦って敗れ、全身に傷を負って再起不能になる。けれど私の選択が変わったこともあり、未来は変わった。
以降は小説に出てこないため、彼の今後の行動は一切予想がつかないのが恐ろしい。
「まあ、正式な代表というのは事実でしょうね。とにかく話を聞いてみるしかないかと」
戸惑いと動揺を隠せずにいる私とは裏腹にエヴァンは冷静で、少し冷静になる。
「あいつが何かしても俺が守るので、安心してください」
「……ありがとう。エヴァンがいてくれて本当に心強いわ」
エヴァンのお蔭で安心でき、急ぎ身支度を整えた後、再び応接間へと向かう。
ドアの前でひとつ深呼吸をした後、ドアを叩いた。
「お待たせいたしました」
「ああ。やっぱりその姿の方がいいな」
応接間に足を踏み入れたドレス姿の私を見て、フィランダーは片側の口角を上げる。
やはりまだ緊張してしまうものの、すぐ後ろにエヴァンがいてくれることもあって、平静を装いながら向かいのソファに腰を下ろした。
「侯爵令嬢のくせに農作業が趣味なのか? 面白い女だ」
「…………」
「ガキに無料で食事をさせる食堂までやってるんだろ? 興味しか湧かないな」
私について色々と調べてきたのか、フィランダーは興味深そうに、観察するように二つのルビーの瞳でこちらを見つめている。
私が無言のままでも気にする様子のないフィランダーはティーカップを置くと、膝の上に両腕を載せ、前のめりになった。
「そう怒るなって。先日は悪かった、反省してる」
それが謝る側の態度かと突っ込みたくなるけれど、フィランダーは既にゼドニーク王国内で罰されたと聞いている。
その上、ゼドニーク国王からも謝罪をされ多額の補償金が我が国に支払われた以上、ここで許さないわけにはいかない。
「……謝罪を受け入れます」
「さすが聖女様、心が広いな。感謝するよ」
間違いなく私の今の表情は浮かないもので、フィランダーだって分かっているはず。
全く気にしない様子で軽く笑う姿を見る限り、反省しているようには見えない。
「本題をお願いします」
少しでも早くフィランダーとの話を終えたくて、そう切り出す。フィランダーは「話が早くて助かるよ」なんて言い、おかしそうに笑った。
「率直に言う。我が国の瘴気も浄化してほしい」
「分かりました」
「まあお前には関係ないし、嫌で仕方ないだろうが──は?」
私の返事がさぞ意外だったのか、フィランダーはぽかんとした表情で、両目を瞬く。




