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破局予定の悪女のはずが、冷徹公爵様が別れてくれません!  作者: 琴子
第12章 消せない過去

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聖女 グレース・センツベリー 1



 ゼイン様の感動的なプロポーズから、もう四ヶ月が経つ。


 婚約期間の一年間、ゼイン様の側で甘く幸せな日々を過ごす──なんてことはなく。


「お嬢様、右から瘴気が押し寄せてきています」

「分かったわ!」


 聖女としてシーウェル王国中の瘴気が溢れる場所を巡り、ひたすら浄化するという、危険で慌ただしい日々を送っていた。


「浄化中、危なくなったら助けてもらえる?」

「もちろん」


 エヴァンが頷いたのを確認し、押し寄せる瘴気の波に向かって両手を向ける。


 そして聖女の力──聖魔法を使い、瘴気を浄化していく。


「…………っ」


 思いきり魔力を放っても、今日は既にかなりの魔力と体力を消費しているため、押し負けそうになってしまう。


 結果、すぐ目の前まで瘴気の波が押し寄せてきて、指先にちりっとした痛みが走る。それでも必死に抵抗し、なんとか全てを浄化しきることができた。


「はあ、はあっ……もう、魔力が空っぽだわ……」

「お見事でしたよ、お疲れ様でした」


 息を切らし、額の汗を聖女服の袖で拭う私のもとへ笑顔のエヴァンが駆けてくる。呑気にパチパチと雑な拍手をするエヴァンを、じとっと見つめた。


「今、どう考えても危なかったわよね? 指先に瘴気が当たったんだけど」

「お嬢様ならきっと大丈夫という、信頼があったからこそ助けに入らなかったんです。事実、平気でしたしね」

「結果論じゃない」


 私は溜め息をひとつ吐くと、人気のない小さな町を見回した。ここは王都から離れた田舎町で、私は国からの指示によりやってきている。


 既に町民たちは付近の町へ避難しており、怪我人は一人も出ていないようだった。


「聖女様、お疲れ様でした。今回の浄化は以上となります。王都へお送りします」

「分かりました。よろしくお願いします」


 聖女の補佐を務める神殿の神官、シミオン様に声をかけられ、馬車へと案内される。


 グラスコードのついた銀色の眼鏡がよく似合う彼は、浄化で国内を巡る間、常に私に同行してマネージャーのような役割を担ってくれていた。


「王都に戻った後は、陛下への報告をお願いします。先日のように民に出会しても戸惑ったりすることがないよう、毅然とした態度でいてください」

「す、すみません……気を付けます」


 冷静な態度で淡々と告げられ、背筋が伸びる。


 まだ四ヶ月ほどの付き合いだし、会話も仕事上のもののみ。それでも、彼がとても細かくて几帳面で真面目な性格だということだけは分かっていた。


 神殿についても詳しくないけれど、かなり高い位だと周りからは聞いている。


「それと、もう少し立ち振る舞いもどうにかなりませんか? あなたは周りに気を遣いすぎているせいか、腰が低すぎます。行きすぎた遠慮や謙遜は美徳ではありません」

「すみません……」

「あなたはこの国の聖女、我々神殿の代表なんです。もっと堂々としてください。ほら、背筋を伸ばして、顎を引きすぎない!」

「は、はい!」


 こうしてシミオン様に指導されるのも、もはや日課になっている。浄化仕事はなんとかこなせていても、まだまだ「聖女らしさ」という面ではさっぱりだった。


 シミオン様と私はまるで厳しい姑といびられる嫁のようだと、エヴァンに笑われるのもいつものことだ。


「……はあ、立派な聖女への道はまだまだ長いわ」


 とぼとぼと向かった馬車の周りには、数え切れないほど多くの騎士が並んでいた。彼ら全員が私一人につけられた護衛だなんて、仰々しすぎる。


 二人で馬車に乗り込むと、ぴょんとハニワちゃんが肩に飛び乗ってきた。


「ハニワちゃん、良い子にしてた?」

「ぷぽ!」


 今回の旅はハニワちゃんも一緒に行動しており、私が浄化をしている間は馬車の中で待ってもらっている。


 心配なのかいつも馬車の窓に張り付いて見守ってくれていて、本当に愛おしい。


「聖女様って呼ばれるのも、常に大勢の護衛がついているのもまだ慣れないわ」

「あいつら、浄化の時には何の役にも立たないし無意味ですよ」

「こら、そんな言い方しないの」


 瘴気に対応できるのは聖魔法だけである以上、基本的に私一人で全てなんとかしなければならない。


 エヴァンには常に同行してもらっていて、危険な時には抱えて運んでもらったり魔物がいた際には倒したりと、サポートしてもらっている。


「しかもまた、あの神官に怒られていましたよね」

「やっぱり聖女はイメージも大事なのね。私が至らないのも事実だし」


 浄化に関することだけでなく、周りへの対応の仕方や発言といった立ち振る舞いまで厳しく指導されており、聖女という存在が神格化されているのかが分かる。


「元のお嬢様だったら、あいつは頭をかきむしって寝込んでいたでしょうね。今のお嬢様に感謝してほしいくらいです」

「そ、それは確かにそうかも……」


 悪魔に乗っ取られていたなんて噂を流したのも、最低最悪なグレースの過去をなかったことにしようとしている国や神殿の関係者なのではないかと、最近は考えていた。


「まるで清純派アイドルね」

「なんですか、それ」

「ううん、何でもない」


 しっかりみんなの夢を壊さないようにしようと、気合を入れる。


 転生直後は男好きの悪女を演じ、今は清廉潔白な聖女を演じなければならないなんて、振り幅がとんでもなさすぎる。


「それにしても、最近は忙しいですね。休む間もないとはこのことだって感じで」

「これほど瘴気の被害が出ているなんて……」


 流れていく窓の外の景色を眺めながら、ぼんやりと最近のことを思い返していた。


 ──小説の悪女グレース・センツベリーに転生した私は、主人公のゼイン様と結ばれた結果「愛の力」により、ヒロインのシャーロットの代わりに聖魔法を発現した。


 作中同様、シーウェル王国や隣国ゼドニーク王国ではあちこちで瘴気が湧いており、神殿での聖女認定式後、私は聖女として国内を浄化して回っている。


 この四ヶ月でかなり私は聖魔法を扱えるようになり、既に国内の大半の瘴気を浄化し終えることができていた。


 王国の研究者達の調査によると、もう新しく瘴気が湧いてくる可能性はなく、現在残っている分を浄化しきれば百年は問題がないそうだ。


「今回も二箇所連続でしたし、そろそろ自分の家に帰って寝たいです」

「そうよね。いつも付き合ってくれてありがとう」


 ふわあと大きな欠伸をするエヴァンの言う通り、今回は二箇所はしごするという、かなりハードな行程だった。


 シーウェル王国はこの大陸内でも広い国土を持つため、移動するだけでもかなりの日数がかかる。想像していた数倍の仕事量で、多忙すぎる日々を送っていた。


 とはいえ、瘴気は人々の暮らしや命を脅かす恐ろしいものである以上、すぐに対応しなければならない。


 今でも瘴気は恐ろしいし体力も魔力も削られるため、辛くないと言えば嘘になる。


 けれど私にできる限ることは全てするつもりで、休まず全ての仕事を引き受けていた。


「お嬢様こそお疲れでしょう。普通の貴族令嬢ならぶっ倒れてますよ、絶対」

「ううん、平気よ。いろんな場所に行けるのも楽しいし」


 笑顔を返したけれど、鋭いエヴァンは疑っているようだった。


 正直、聖女として四ヶ月間もの間休みなく働くのはしんどいものがある。移動だけでも体力は削られるし、浄化なんて辛さと苦しさしかない。


 それでも私にしかできないことである以上、絶対にやりきらなければ。


 何より小説の展開を変えてしまい、シャーロットが得るはずだった力を私が発現した責任もあるのだから。


 ──そんなシャーロットは今も、クライヴ子爵領の小さな屋敷で過ごしているという。


 たまに報告をされるけれど、一歩も外に出ずに引きこもっているそうだ。


 イザークさんの足取りは依然掴めないものの、シャーロットとゼイン様を結ばせるために行動していたことを思うと、彼が再び私の命を狙いに来るとは思えなかった。


「……でも、またゼイン様に会えなかった」


 左手の薬指の指輪を見つめながら、ぽつりと呟く。


 実は前回の仕事の後、王都に戻り次第ゼイン様と会う約束をしていたのに、次の依頼が入って会うことができなかった。


「せっかく婚約したというのに、さっぱり会えていないですもんね」

「うう……ゼイン様不足だわ」


 ゼイン様は元々多忙だし、私も私で忙しいため、完全にすれ違ってしまっている。


 もう一ヶ月以上、顔を見ていない。最後に会った時も時間がほとんどなく、公爵邸で一時間お茶をしただけだった。


「でも二週間後に向かう場所で、浄化も最後なのよね?」

「はい。先に騎士団を中心に周辺の魔物の討伐をしているので、ある程度そちらが終わったらお嬢様も向かうことになっています」

「ありがとう」


 最初は国中に広がっていた瘴気も残り一箇所だと思うと、我ながらよく頑張ったと褒めてあげたくなった。


「今日の宿はとても豪華だそうですよ。中にあるレストランも有名らしいです」

「それは楽しみだわ。でも、はしゃいでシミオン様に怒られないようにしないと」


 エヴァンと馬車から降りると、宿の前には見覚えのある馬車があって足を止める。


 そんなはずはないと思いながらも、だんだんと鼓動が早くなっていく。


「──グレース?」


 不意に背中越しに名前を呼ばれ、心臓が大きく跳ねた。


 大好きなこの声を、私が聞き間違えるはずがない。


「ゼイン様……」


 期待を胸に振り返った先にはやはりゼイン様の姿があって、私は自分の目を疑った。



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