537話「労働の対価」
「さて、やるとしようか」
俺がやってきたのは、名もなき山脈だ。その目的は、配下のモンスターたちを慰撫するためだ。
今までなんの対価もなく働いてもらっているモンスターたちだが、さすがに見返りなしで働かせるのは忍びない。そこで労働に対する感謝の意味を込めて、彼らにちょっとしたプレゼントを与えることにした。
プレゼントといっても、人間のように給金を出したところでモンスターたちに使い道はない。金属を好んで食べるゴーレム系のモンスターであれば話は別だろうが、今いるモンスターたちにゴーレム系統のモンスターはいない。
俺が把握しているモンスターの系統は、マンドラの配下であるアルラウネやトレントなどの植物系やレオの配下であるウルフやオークなどの獣系統モンスターなどだ。
他にはクラーク配下の水生系モンスターとイリネベラの配下であるアンデット系モンスターも存在する。
今回名もなき山脈に足を運んだのは、彼女らが支配する配下に与える報酬を探しにやってきたのである。まず手始めに俺が目を付けたのは、良質な水だった。
モンスター農園において最も過酷な労働を行っているのが、本来モンスターが行わない農業というものをやっている植物系モンスターたちだ。そして、そんな彼らがなにをエネルギーとして日々活動しているのかというと水分である。
人間にとって食料を口にしなければ生きていけないように、植物系モンスターにとって水は生きていく上で重要なものだったりする。
であるならば、良質な水というものが労働の対価になり得るのではという答えに辿り着くのはそれほど難しくはなかった。
とりあえず、人の手が入っていない自然豊かな土地に足を運ぶことにしたということである。
良質な水のある場所は土地が豊かな証拠であり、そこに実る果実やそれを糧にしている動物なども質が良いと考えた。
植物系モンスター以外にもモンスターがいるため、彼らの分も報酬を用意しなければならない。そこで肥沃な土地に自生している果物や動物の肉にも目を付けたのだ。
「川は……あっちか」
さっそく、水源を探し出すため探知魔法を使って川の場所を特定する。すると、すぐ近くに川があることが判明し、さっそくそこに向かった。
川に到着すると、そこには幅十数メートルの川が流れており、せせらぎの音がなんとも心地良かった。
「んく、うん。これはかなりミネラルが豊富な水だな」
とても綺麗な川だったのでそのまま口にしてしまったが、特に問題はなさそうだ。解析で調べてみるとかなりミネラルを多く含んだ良質の水のようで、人間である俺の味覚でも美味いと感じるレベルの水だった。
環境に影響が出ない程度の水を汲み上げた。太陽の光を反射してきらきらと光る川の水は、とても神秘的に見え、しばらく自然の美しさというものを楽しんだ。
何万年というもの間、目まぐるしく修行の日々を続けていた俺にとってこういった自然に目を向けるという時間の使い方をしてこなかった。そのためか、ただぼーっと過ごしているだけだったが、それでも充実した時間だと感じられた。
「さて、次は果物だな」
これだけの水がある場所で、果物が自生していないなどということはないだろう。その予想は正しかったようで、探し始めてすぐに見つかった。
「りんごか。あっちはオレンジか」
自生している果物はりんごやオレンジといったもので、なかなかバリエーションに富んでおり、ブドウや柿などの果物も発見した。
これも味見してみたが、どれも甘みが強くそのまま食べても美味しくいただけるほどの質の良いものだった。
果物についても影響が出ない量を確保したが、自生している量が多いため、モンスターたちに配ってもかなり余るかもしれない。
「最後は肉だな」
最後に肉の調達だが、果物と同じようにこれだけ質の良い果物が自生しているのなら、それを糧としている動物の質もまた良いわけで……。
「鹿だな。あっちは、フォレストボアか」
生息している動物は、鹿や猪型モンスターのフォレストボアといった具合で、森の恵みが多いこともあって肉付きも良く、体格もなかなかに大きい個体ばかりだ。
比較的簡単に食料を確保できるのだろう、そのため通常の個体よりも体格が大きくなっていると当たりをつけた。
「ブモォー」
「どれ、久々に狩りといこうか」
この程度の相手ならば、特に苦戦を強いられることもない。あっという間に相手を無力化し、動物たちはすぐに肉のブロックへと変貌を遂げる。
肉についても狩り尽くしてしまうと生態系に影響を及ぼす可能性があるため、ある程度残しつつ、量を確保していった。
以前はアイテムボックスやストレージがなかったので、魔法鞄に入れていた。だが、今回は何トンの肉を入手しても問題なく収納できるので、便利になったものだと感慨深い。
「これくらいでいいか」
水、果物、肉をある程度確保すると、俺はモンスター農園へと戻った。そして、すぐに手に入れてきたものをモンスターたちに分配する。
それらを手渡そうとしたが、モンスターたちは困惑していた。彼らにとって、働くという行為に対して対価を求めることはせず、支配者のために無償で働くというのが当然だと考えていたからだ。
報酬を受け取ろうとしない配下のモンスターたちを見かねたマンドラたちが、声をかけてようやく受け取ってくれた。
結果的にはなかなかに好評で、わざわざ足を運んで取ってきた甲斐があったというものだ。
そんなモンスターたちの様子を見て満足した俺は、引き続き作業を頼むと、マンドラたちにあとのことを任せ、一度オラルガンドへと戻ることにした。
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