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533話「前兆」




 国王に事の顛末を報告して数日後、俺はコンメル商会へと足を向けた。この世界の時間的にそれほど時が経過しているわけではないが、精神的にはかなりの負担となっていることを考慮してここ数日間惰眠を貪ることに徹していた。



 そのことをソバスに伝えたところ、羽休めのちょうどいい機会だということで賛成してくれた。どうやら、俺は少々働き過ぎていたらしい。



 そんなこんなで病人ではないがベッドで数日を過ごし、精神的な疲れも解消されたところで、様子見としてコンメル商会に来てみたのだ。



 商会の様子は相も変わらずといったところで、客付きもよく、なかなかに繁盛しているようだ。まだまだ新興の商会としてはなかなか好調な出だしと言える。



「ん、なんだ?」



 そんな風に考えていると、女性従業員の一人に目が行く。一応顔は知っているが、それほど親しい仲ではない女性だ。しかし、そのときはなにか嫌な感じがしたため、よくよく目を凝らして見てみた。



「なんだあれは?」



 すると、彼女から黒っぽい靄のようなものが出ており、まるで負のオーラを纏っているかのようだった。他の者も確認してみたが、客にも従業員にも靄を纏っている者がいた。



 全員でないが、嫌なものであることは確かであり、これはなんとかするべきものである。そう判断したとき、ちょうどバックヤードからマチャドが出てきた。



「これはローランド様、今日はどうされたのですか?」



 俺を認めたマチャドがやってきて問い掛けてくる。俺は、彼を伴って彼の執務室へと赴く。



 俺が見たものを説明し、なにか心当たりがないか確認したところ、顎に手を置きしばらく考え込んだマチャドがこんなことを口にした。



「そういえば、最近一部の人間から流行り病の兆候が見られるということで、それとなく注意喚起が出ていました」


「それはいつからだ?」


「確か、半月ほど前だったかと」



 マチャドの言葉を受けて、俺もしばらく思案に耽る。そして、今の状況を照らし合わせた結果、一つの答えを導き出した。



「おそらく、もうすぐ流行り病が流行して王都が混乱する。俺の見たものはそれの前兆のようなものだろう」


「そんな。それが本当ならどうすれば」


「とりあえず、従業員たちについては俺の方で対処する。問題は、他の者たちだ」



 王都ティタンザニアは、シェルズ王国随一の都市であり、その人口は優に百万人を超えている。そんな大所帯の場所で流行り病などのパンデミックが起きてしまえばどうなるのかは想像に難くない。



 その隙をついて他国からの侵略を許してしまう可能性もあり、一刻も早い解決が必要である。



 もっとも、シェルズ王国に隣接する国で敵対している国はセコンド王国のみであり、そのセコンド王国もすでに俺の結界によって国の外に出ることは不可能となっている。そのため、他国からの侵略という点についてはそれほど心配する必要はない。



「ひとまず、明日は臨時休業だ。すべての従業員をコンメル商会に集めておいてくれ」


「かしこまりました」



 それだけ申し伝えると、俺はすぐさま次の一手のために動き出す。



 まずは、使用人たちが流行り病に罹患していることを確認するため、瞬間移動で屋敷に戻った。すぐにやってきたソバスに事情を説明し、急いで使用人全員を広間へと召集する。



「ローランド様、全員揃いました」


「ん、じゃあちょっと確認させてくれ」



 俺は使用人一人一人を確認していき、病気の兆候の有無を確認していく。だが、幸いなことに全員が病気の兆候は見られず、健康そのものであった。



 その過程で全員が【崇拝】という状態になっているのが目に入ってしまったが、これは気にしたら負けということで、完全スルーを決め込んだ。



「どうやら、全員病気の兆候はないようだ」


「それは、良かったです」


「だが、この先罹患しないとも限らない。そのための対策を講じることにする」


「我々にできることはありますか?」



 そう問われたが、今回については人の手を借りる人海戦術を行うにしても、具体的にどこに人員を割けばいいのかわかっていない状態だ。そんな状態で人手を使ってもあまり意味はなく、とりあえずは俺一人で対策を講じるしかない。



「必要になりましたらいつでもお声がけください。我ら微力ではございますが、ローランド様への協力は惜しみません」


「ありがとう。必要になったら声をかけさせてもらう」



 そう言って、使用人たちには仕事に戻ってもらった。あとは、この国の上層部への根回しなのだが、国王のもとを訪れると、なにやらいつにも増して忙しそうにしていた。



「誰かさんのお陰で、裏でこそこそと動いていた貴族たちが自らの罪を償うべく出頭してきたのだ。いつもの業務に加えてやつらの対処にも追われて、今城は人手が足りん」



 その誰かさんとは俺のことなのだろう。国王が俺に対して恨めしい目を向けてくるのがいい証拠である。



「迷惑ついでに俺の話を聞いてくれ」


「……またなにか問題を持ち込む気か?」


「今回は俺の意図しないものだ。王都で流行り病の兆候が確認されていることは知っているか?」


「ん? ああ、そういえばそんな報告があったな。それがどうした」


「それが本格化する。ここ一月の間に王都は流行り病で混乱することになる」


「……」



 俺の報告を聞いて、国王が深く椅子の背もたれに体を預ける。まるで天を仰ぎ見るような状態となった国王はしばらくその状態だったが、すぐに質問してきた。



「それで、あらかじめそのことを教えてくれるということは、なんとかしてくれるのだろう?」


「まあ、王都には知り合いが多いからな。少なくとも被害は最小限にしてみせるさ」



 国王に啖呵を切った以上、これでなんとかしなきゃ男が廃るというものだ。



 なんだか自分で自分の首を絞めているような気もしなくはないが、とにかく今はやるべきことをやるべく、俺は国王のもとを去った。

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