525話「神の提案と神気開眼」
「なんだここは? ただの真っ暗ななにもない空間だ」
それは本当になにもない空間で、草木の一本どころか、そこが人工的に作られた拠点なのかすら怪しい場所だ。
そこにまるで漂っているだけの感覚があり、そのことに少しばかり不安を感じる。
「こうして面と向かって会うのは初めてだな。吾輩がゴウニーヤコバーンである」
「ん?」
声のした方に顔を向けると、そこには男が仁王立ちで佇んでいた。その姿はどこか日本にあった阿修羅像や仁王像に酷似しており、明らかに好戦的な見た目をしている。
その体も二メートル近くあり、威圧感や威厳といったものを感じ、どこか息が詰まるような思いだ。
「ほう、吾輩を前にしても気圧されぬか。まあ、そうでなければ話にならんがな」
「それで、神の御業とやらについて詳しい話を聞こうか」
「その前に、おまえには吾輩の眷属になることを了承してもらう。改めて聞くが、覚悟はできておるか?」
「あんたの眷属になってこちらが被るデメリットはなんだ?」
「ふむ、特にはないな。あるとすれば、種族が人族から【亜神】という神になる一歩手前の種族に変わることくらいか? いや、確か他にもあったような……眷属にしたことがないから詳しいことが言えんな。とにかく、今よりも弱くはならんから安心しろ」
「安心できないんだが」
ゴウニーヤコバーンのなんともざっくりした説明に、一抹の不安を覚える。さらに詳しい話を聞き出そうと、俺はそのあとさらに質問をぶつけ続けた。
その結果、本当に大きなデメリットというものはなく、種族が【亜神】に変わることの他に大きな変化はないことがわかった。
まあ、最近の俺は人の道から外れかけていたし、いまさら亜神とやらになったところで今までとなにも変わらない。彼の話では亜神になったとしても神界に留まる必要はないし、なにか使命を強制されることもない。もちろん、眷属の権限を剥奪されることはあるが、剥奪されたところでまた人族に戻るだけらしい。
「いいだろう。これ以上強くなるために必要ならば、眷属とやらになってやる」
「良い覚悟だ。では、いくぞ。この者を我が眷属とし、神の縛りから解き放て」
ゴウニーヤコバーンが片手をこちらに突き出しながら祝詞のような言葉を口にする。すると、その手からきらきらとしたものが出現し、俺の体の中へと入ってきた。
なにか体に異常はないか手を握ったり開いたり肩を回してみたりしたが、特にこれと言って異常はなかった。
「これでお主は吾輩の眷属となった」
そう言われてステータスを開いてみると、確かに種族のところが人間から亜神(主神:ゴウニーヤコバーン)に変化していた。
「特になにも変化がないな」
「見た目はな。だが、眷属とはいえ神に属する存在となったのだ。いろいろとできなかったことができるようになっている。まずはそこから教えるとしよう」
そこからゴウニーヤコバーンの細かい説明があった。それによると、神の眷属となった者はその身に神気という神の気を纏えるようになるらしい。だが、その気を発現させるためには厳しい修行に耐えなければならず、まずはその神気を身に着けるところからスタートするようだ。
「まずは、神気を発現させるところからだ。それができないとお話にならん」
「なかなか大変そうだな」
「こればかりは修行あるのみだ。まずはそこに座って、なにも考えずにひたすら瞑想しろ」
いきなり修行開始とばかりにゴウニーヤコバーンに促され、俺はその場に胡坐をかいて座る。そして、そのまま目を閉じ本当になにも考えないように瞑想に入った。
時間の流れの感覚がよくわからず一体その状態でどれくらいいたのか定かではない。しばらくして、ゴウニーヤコバーンが声をかけてきた。
「ふむ、なかなかの没入感だ。まさか最初の段階でここまでできるとは」
「もう瞑想は終わりか?」
「いや、まだだ。もう少し続けろ」
そう言われて再び目を閉じて俺は瞑想する。さらに時間が経過し、一旦区切りをつけるため再びゴウニーヤコバーンが声をかけてくる。
「とりあえず、そんなもんでいいだろう」
「ふう、もう終わりか。意外とあっけなかったな」
「だが、すでに三年の時が経過している。そこまで最初から集中できる者はなかなかおらぬぞ」
「三年だと? そんなに時間が経っていたのか」
体感的には数時間程度だと思っていたが、実際には三年が経過していたらしい。時間感覚がどうも鈍るこの神界では時間経過が早いらしい。
というか、このまま修行していたら戻ったときには浦島太郎状態になるんじゃないか?
そんなことを考えていると、ゴウニーヤコバーンがこちらの考えを読んだように補足してくる。
「この神界と下界では時間の経過に差があってな。こちらの数秒が、あちらでは数年が経過している。だが、もとの下界に戻るときは、ここにやってきたときの直前に飛ばしてやるから安心しろ」
「なるほど」
ゴウニーヤコバーンの説明を聞いて、一応の理解はしたものの、神気とやらを会得するには相当な時間がかかりそうだ。実際、ゴウニーヤコバーンの言ではすでに三年の時が経過しているらしいが、なにか如実な変化があったという感じはしない。
ちなみに、神界には俺の精神だけがやってきており、肉体は下界に残されている。そのため、食事やトイレなどは不要であり、その点については問題ない。
それから、ひたすらに瞑想をさせられたが、一向にゴウニーヤコバーンから声をかけられることなくただ時だけが過ぎていく。
一体いつまで瞑想を続けなければならないのかと思い始めたとき、待ちに待ったお声がかかった。
「もういいだろう。目を開けろ」
「終わったのか」
「まだだ。これから、神気を発現させるためのきっかけを与える。きっかけを与えれば、神気が漏れ出してくるからそれを体内に留めるようにやってみろ。ではいくぞ。【神気開眼】!」
「うっ、こ、これは!?」
ゴウニーヤコバーンが神気を開眼させるよう俺に働きかけると、俺の体から白い湯気のようなものが迸る。それはまるでとめどなく流れ出す水のような様相を呈しており、どこか嫌な予感がした。
「体中から湯気みたいに迸ってるが、これってヤバいんじゃ?」
「そのまま際限なく神気を垂れ流せば、精根尽きてしばらく動けなくなる。そうなりたくなければ、今出ている神気を体内に押し留めなければならん」
「どうすれば?」
「気合いだ。気合でなんとかせい」
ここにきてまさかの精神論ですか。ゴウニーヤコバーンの助言になっていない助言を聞きつつ、ひとまずはやってみるしかないということで、意識を集中させる。
感覚的になにかが引っ掛かり、そしてそれが押し戻される感覚に陥る。おそらくは、この引っ掛かりを継続させることで神気を押し留めることが可能になるのではないかと当たりをつける。
そうこうしているうちにも漏れ出す神気の勢いがおさまらず、体内に残された神気も限界がやってきた。
(焦るな。心を落ち着かせ、川のせせらぎを想像するんだ。そして、その流れが体内にあるような感覚で神気を押し留める)
神気を押し留めようと俺は頭の中でイメージを膨らませていく、それが功を奏したのかはわからんが、徐々に体外へと漏れ出て行く神気の量が減っていく。
そして、まるで逆流するかのように神気が俺の体へと吸い込まれていき、最終的には神気が漏れ出すことなくその勢いがおさまった。
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