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457話「解放宣言」



「ご主人様、おかえりなさいませ」


「あ、ああ」



 いつもの広場へとやってくると、さっそくメランダとシーファンとカリファの三人がやってくる。これも見慣れた光景だが、手の空いている奴隷たちも彼女たちの後ろに控えつつ片膝を付いて俺に平伏する。



 周囲の人間もその光景に慣れてしまい、今ではちょっとした名物として知られているなどという噂話が上がっているほどだが、やられている本人としては堪ったものではない。そんなことをしなくてもいいと常日頃から言っているのだが「そういうわけにはいきません」と頑なになってしまっている。そんなことを考えつつ、俺は今回やってきた用向きを彼女たちに説明した。



「今日はお前たちを奴隷から解放しにやってきた」


「っ!? そ、それはクビということでしょうか?」


「クビ?」


「お願い致します! どうか、どうかクビだけはご勘弁下さいませ!!」


「オレの態度が原因か? 少し馴れ馴れしくし過ぎだったか!? なら今からでも改めるから、何とかクビにはしないでくれ。いや、ください!!」



 周りを見渡すと、俺の言葉を聞いて勘違いした奴隷たちが必死に懇願してくる。中には、泣いて土下座する者もいるようで、まるで俺が悪者に見えてきてしまう。



「何を勘違いしている? クビではない。どちらかというと、栄転だな」


「栄転、ですか?」


「お前ら全員に問う。奴隷から解放されたいか?」



 俺の問い掛けに、奴隷たちも困惑しながら周りにいる同僚に目配せしている。そして、俺がメランダに視線を送り奴隷たちを代表してお前が答えろと意志を込める。すると、それが伝わったのか、すぐに彼女が俺の問いに対する答えを口にする。



「解放していただけるということでしょうか?」


「そうだ。そして、お前たちには二つの選択肢を与える」


「選択肢ですか?」


「一つは、奴隷から解放後、そのまま自由に生きるということだ。お前たちはすでにSランク冒険者の肩書きを持っている。その肩書きがあれば生きていくに困ることはないだろう」


「もう一つの選択肢というのは?」


「もう一つは、同じく奴隷から解放後、コンメル商会の私兵として残ることだ。主な仕事は迷宮都市オラルガンドに赴き、商会が販売している商品の原材料の調達をしてもらうことになる。原材料の中には、些か深い階層でしか取れないものもあるため、今やっている仕事よりも危険が伴うものとなる。さて、説明は以上だ。どちらの選択肢を選――」


『二つ目でお願いします!!』



 こちらが言い終わる前に矢継ぎ早に奴隷全員の言葉が重なる。こちらとしては有難いことだが、このまま奴隷から解放され、自由気ままな暮らしができるというのに、何故その選択を与えられても残り続けるのか疑問にも思う。お前たち、自由な生活に戻りたくはないのか?



 そんなことを考えていると、俺の表情から察した奴隷たちを代表してシーファンが、口を開く。



「ここにいる全員がご主人様に感謝しているのです。あのまま奴隷として暗い生活を送るはずだった私たちに、住む場所はおろか給金まで与えてくださいました。その恩を返すために残りの生涯のすべてを賭けて、私たちはあなた様にお仕えするつもりです」


「いつも言っているが、お前らの主人はマチャドだ。間違っても俺じゃない」


「ですが、マチャド様も仰っていました。ご主人様が奴隷を買うことをしなければ、自分が奴隷を買うことはしなかっただろうと。ましてや、一般的な従業員とほとんど同列に奴隷を扱うなどということなども本来であればあり得ないと」



 言いたいことを言い終えたシーファンは、そのまま両膝を付きつつ、両手を地面に置き頭を下げた。まるで崇拝する神を崇めるかのようなちょっと形式ばった土下座のようだった。そして、当然のようにそれに倣うかのように奴隷全員が同じように俺を崇め始める。その状況に思うことはたった一つだ。居心地が悪すぎる。どこの悪代官だこの野郎。



 シーファンの言うことは尤もで、この世界の一般的な奴隷の扱いから見て商会の奴隷たちに対する扱いはかなりの好待遇と言える。奴隷については基本的に物扱いで、人権などどこに行ってしまったのかと疑いたくなるような酷い扱いを受けることもあり、新しい魔法の実験台や武器の試し斬りなど、奴隷を使い潰すといったことも珍しくはない。特に特権階級を持つ者……王侯貴族たちは、それがさも当然であるかのような振る舞いをする。



 そういった背景から、奴隷に身を落とした者たちは、理不尽な扱いから命を落とすことを覚悟して買われていくことが多く、そういった意味では奴隷にとって良心的なご主人を持つかどうかは今後の自分の生死を左右するといっても過言ではないほどに重要なことであり、まさに命懸けのご主人ガチャというわけである。



 そして、俺はそのご主人ガチャでSSRだったらしく、生きていけるだけの生活を送れるばかりか冒険者として鍛えてもらったことで一人で生きていけるだけの強さも手に入れることができたのである。



 そんなことをされて――俺にその自覚はない――靡かない道理はなく、まるで神仏に祈りを捧げる信徒のような状態と成り下がっていた。俺は神でも御仏でもないんだがな。



「とりあえず、すぐに奴隷から解放しよう【ディスペル】」



 いたたまれなくなった俺は、すぐに彼女たちに奴隷契約を解除する魔法を掛ける。本当は奴隷商会で手続きが必要だが、こういった呪いや魔法で結んだ契約などを解呪できる魔法があれば問題ないため、今回は魔法ですぐに解放することにした。



 実際に奴隷から解放された彼女たちに特に変化はなく、彼女たちも先ほどと一体何が違うのかと言わんばかりに不思議な顔をしていたが、それでも奴隷から解放されたという事実が徐々に実感出来てきたのか、泣いて喜びを噛みしめている。



「ありがとうございます! ありがとうございます!!」



 それから、メランダの感謝の言葉を筆頭に、解放された奴隷たちがただただ感謝の言葉を吐き出すだけの人間と化してしまったため、何かに理由を付けてその場を後にしたのであった。

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