435話「マレリーナのその後……」
~ Side マレリーナ ~
「これはこれは王女殿下。このようなところへいかがされましたでしょうか?」
「私はもう王女ではないわ。だから、そんなにかしこまらなくともいいですよ」
「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます。それで、一体俺に何の用ですか」
ローランドの手がかりを見つけるべく、マレリーナとミリスの二人は冒険者ギルドのギルドマスターであるオイトを訪ねた。ローランドの危惧した通り、マレリーナは彼の声音から年代層を突き止め、その実力から普段どのようにして生活の糧を得ているのかを推測し、オイトへと辿り着いた。そして、彼女はオイトに問い掛ける。
「実は、ある少年を探しておりまして。最近、腕の立つ成人していない少年に心当たりはありませんか? 年は十二、三くらいだと思うのですが」
「そ、それは一体どういう?」
マレリーナの突然の問い掛けにオイトは怪訝な表情を浮かべる。だが、彼女の問いに該当する少年に一人心当たりがあり、彼の顔が思い浮かんでくる。オイトとしては、マレリーナの問いに答えないという選択肢はある。件の少年に迷惑をかけたという負い目があるため、元王族の相手をさせるというのは、目立ちたくないと考えている彼にとっては更なる迷惑となるのは想像に難くない。
そうオイトが頭の中で思案していると、マレリーナは事情を説明する。自分がモンスターに襲われているところを少年に助けられたこと、少年が使った魔法でその姿は見ていないものの、声質から成人前の少年であるということ、あれほど強力なモンスターを倒せるのならば冒険者を生業としている可能性が高いことなど必要な情報を淡々と口にする。
「そういったわけで、私は恩人である少年を探しております。何か知っておりましたら、教えていただけないでしょうか」
姿を見せないようにしたのは、後で起こる面倒事を回避するためだということはマレリーナも理解しているのだろう。だが、それでも助けられた身としては何もせずにただそれを享受することはできない。
ましてや、彼女は元王女である。受けた恩はなにがしかの形で返さなければならない。受けた恩に報いることは、王族の矜持として以前に人として当たり前のことなのだ。
「一人、心当たりがあります」
そんな彼女の心情を汲んでか、オイトは申し訳ない気持ちを抱きつつも心当たりのある少年の話をすることにした。
「数日前にふらっとやってきた少年がおりまして、ギルドカードの情報からEランク冒険者らしいのですが、指名依頼を断るなどの不審な行動を取っておりました。調べてみたところ、最近SSランク冒険者として承認されたクエストブレイカーという冒険者ではないかという疑いが出てきたのです」
「SSランクですか!? まさか、それほどの方だったとは……。その方のお名前は?」
「名前はローランド。尤も、本人にSSランク冒険者のリストにある名前と年齢層が同じだということを伝えたところ、たまたま名前と年齢が酷似していただけだと言われてしまいましたが、俺は彼が件のSSランク冒険者であると考えております」
「そうですか。情報提供に感謝します」
それから、彼が泊まっている宿の場所を聞き出したマレリーナはミリスを伴ってその宿へと向かう。まさか、自分たちを助けてくれた相手がそれほどの大物であったことに驚愕と戸惑いを隠せない二人だったが、あれほどのモンスターをいとも容易く屠ってしまう実力を考えれば、彼がSSランクであるということは妙に納得のいく話であった。
「ああ、王女様じゃないかい。こんな安宿に何か用かい?」
「ええ、人を探しておりまして」
マレリーナとミリスが宿に到着すると、それを見た宿の店員が駆け寄って来る。そして、用向きを伝えると、眉を歪めながらこう答えた。
「ああ、そのローランドって坊やなら確かにこの宿に泊まってたよ。でも、急用ができたとかなんとかで宿を引き払って出て行っちまった」
「なんですって。それはいつですか?」
「今夕方前くらいだから、確か昼過ぎくらいだったかねぇー」
「……」
まるでこちらの動きを呼んだかのような動きに、マレリーナは絶句する。もし本当にかの少年がこちらの動きを読んでの行動だとすれば、かなり警戒心が強くかなりの切れ者だ。自ら正体がバレないように細工を施したにもかかわらず、見破られることを見越して既に先手を打っているとはさすがの彼女も考えが及ばなかった。
そのあまりの手際の良さに言いようのない敗北感を感じていると、そんな彼女に追いうちを掛けるように宿の店員が言い放った。
「そうそう、もし自分のことを探しに来た人間がいたら伝えてほしいって坊やから言われてたんだ」
「……どのようなことですか?」
「“俺のことは諦めろ”だとさ」
「っ!?」
その一言に込められた意味を理解した時、マレリーナは戦慄する。宿の人間に伝言を残したということは、やはり自分がここまで辿り着くことは彼に見破られており、彼に先手を打たれた形となってしまった。
仮に少年の次の目的地を突き止めたところで、それすらも彼の手の内なのだとしたら、手の打ちようがない。マレリーナは完全に少年との接触を諦めるしかなかった。
宿の人間にお礼を言うと、マレリーナは項垂れながらも宿の外へと出た。この先、件の少年を諦めるしかないことへの無力感とまだ成人していない少年に手玉に取られたことで、それなりの人間だと思っていたマレリーナからすれば、数少ない挫折を味わった気分なのだ。
「姫、これからいかがいたしましょうか?」
「とりあえず、ここに居ても仕方がないから城に戻りましょう」
こうして、マレリーナにとっては不本意な、ローランドにとっては上出来といった展開となり、彼女と彼の追い掛けっこは、ローランドの勝利という形に決着するこになったのである。
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