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272話「攻略再開」



 数日後、ダンジョン攻略が再開する。あれから、グレッグ商会とコンメル商会で新商品として大きさの異なるスプーンとフォークとトング、そしてサンダルが販売されることとなった。



 元々、他の商品で人気を集めていた商会だっただけに、新しい商品ということと値段自体も庶民の懐に優しい値段設定だったため、物珍しさで購入して行った者からの口コミによって瞬く間に売れ筋商品として大ヒットした。



 スプーンとフォークは、常日頃から不満を抱えていた人間にとっては痒い所に手が届く商品だったらしく、大飯食らいの冒険者や肉体労働者が購入していた。小さいものについても、値段が手頃で自分の食べる量に合わせることができるということで、女性や子供向けのものも一定数売れていた。



 新商品の中でも特にトングとサンダルは、今までに無かった新境地の商品ということで主婦層が注目し、新しい主婦のマストアイテムとして近隣の都市や村からもトングを買い求める客がいたほどだ。



 サンダルについては、従来の革靴よりも機能性に優れ、尚且つ丈夫ということで多少の金は持っていたが裸足で生活していた人間が買い求めていた。



 そんなこんなで、瞬く間に人気商品となったためプロトに増産の指示を出し、目下生産作業を展開中である。



 原材料のスライムゼリーとスライムの核の供給が追い付かなくなったため、急遽オラルガンドの冒険者ギルドに依頼を出したほどだ。



 そのお陰で何とか原材料の確保はできており、依頼についても相場よりも報酬が高いということで、駆け出し冒険者などには大層喜ばれたという話を高笑いをするイザベラから聞かされた。



 食器類については原材料は木材となっているため、そちらについては木材関連に強い商人から仕入れることで確保できている。



 元々は商業ギルドの紹介で知り合った商人だったが、開口一番に言われたのは「まさか、自分があのグレッグ商会のお役に立てる日が来るとは」という感激の言葉だった。



 グレッグ商会はオラルガンドの中でも有数の大手商会と変貌を遂げ、シェルズ王国内でも五本の指に入るほどに大きくなっている。コンメル商会については、同じ系列ではあるものの、売れ行き自体はグレッグ商会の方が多いため、今一歩といった位置付けらしい。



 とにかく、そういった感じで新しい商品も受け入れられたわけだが、今俺たちはダンジョン攻略に精を出していた。



「はぁ」


「そいっ」


「タイヤ―」


「サイバー!」


「……ローランド様、その掛け声はなんです?」


「いや、何となくだ。気にするな」



 使用人の一人が聞き覚えのある掛け声をしたため、思わず知っている掛け声を出したのだが、この世界の人間にとっては不思議な掛け声だったらしい。



 ダンジョン攻略の現状は、今のところ行き詰ることはなく、寧ろ立ち塞がるモンスターが可哀想なくらいに使用人たちが倒しまくっている。



 中層のダンジョンということもあって、襲ってくるモンスターから取れる素材もそれなりの値段で買い取ってもらえるため、使用人たちの懐はかなり潤っている。



 攻略する階層が深くなるにつれて報酬額が上がっていることを危惧した使用人たちが、「自分たちの取り分をローランド様に」などと言っていたが、俺はただの付き添いで実際モンスターを倒したのは彼ら彼女らだということで、報酬の受け取りは今まで通り俺以外で山分けする形を取っていた。



 現在の攻略階層は二十七階層にまで到達しており、ここまでくると一日で攻略できる階層数は精々が一か二となってくる。特に今の参加人数的にもどうしても進行速度が遅くなってしまうため、一日当たりに進める階層にも限界があった。



 ところが、冒険者ギルド的にはそれは異常だったようで、普通は一つの階層を数日掛けて攻略するパーティーも珍しくないとサコルやムリアンに呆れられてしまった。



「さて、二十七階層のボスはなんだ?」



 そう言いながら、ボス部屋の扉をチラ見するように少しだけ開けて部屋の中を確認すると、奥には三メートルくらいの体格をした二足歩行の狼のモンスターがいた。



 調べてみると、名前は【ビッグウォーウルフ】というモンスターで、ランク的にはBランクに分類するらしい。他にも、下位種であろうウォーウルフの群れを従えており、群れとボスの二つの難関を攻略しなければならないようだ。



「ローランド様、ここは私にお任せください」



 そう言ってきたのは、意外にもルッツォだった。ルッツォもまたこの数か月間の間に目覚ましい成長を遂げており、その実力はすでにAランク冒険者と比べても遜色はない。



 他の使用人たちも無力だったあの頃の面影はなく、全員が実力者となっていた。そのため、今回のボス戦に志願したのはルッツォだけではなかった。



「わかった。じゃあ、久しぶりにやってみるか? 単独撃破チャレンジ」


「その方が全員が戦えるのでよろしいかと」



 俺の提案にソバスが首肯する。単独撃破チャレンジとは、その名の通りボスを単独で撃破することに挑戦するというそのまんまの意味で、実力を推し量るという意味では役に立つチャレンジだ。



 二十階層に入ってからは三人一組のスリーマンセルで攻略を進めていたため、この単独撃破チャレンジを行っていなかった。その反動からか、ボス部屋に挑戦する度に我先にとボスに突撃する人間が後を絶たなくなってしまったのである。



「まったく、血の気の多い人間になったもんだな」


「あなた様の使用人ですから」



 などと、俺が一本取られる場面があったものの、今回のボス戦から単独による攻略を再開することにしてみた。まずは最初に志願したルッツォから戦ってもらった。



 念のため、俺がルッツォとパーティーを組んで、二人一組の状態でルッツォだけが戦うという方式を取る。安全マージンは重要なのだ。



 だが、そんな必要性すらないと、ルッツォが戦いを開始してすぐに思い知らされることとなる。



「【大火球】」



 ボス部屋に入ると、ボスと手下のウォーウルフの視線がこちらに向き敵意を露わにする。だが、そんなことはお構いなしとばかりにルッツォが火魔法を発射する。



 修行の成果によって、さらに上位の魔法を使うことができるようになったルッツォは、開幕で大きな一撃を見舞う。その攻撃は強烈で、あれほどやる気満々だったウォーウルフたちは死に絶え、残ったのは瀕死状態のビッグウォーウルフのみだ。



「では、これで終了です。【大冷気】」



 火魔法と水魔法に適性のあったルッツォは、火魔法を発現させ、すでに発現していた水魔法から氷魔法を覚えた結果、ビッグウォーウルフの氷像が完成する。ボスと戦い始めて実に三十秒ほどの出来事であった。



「終わりました」


「みたいだな。格下とはいえ、こうもあっさり倒すとは。ご苦労だった。先に行って待機していてくれ」


「ありがとうございます」



 そう言って、意気揚々とルッツォはボス部屋の出口へと向かって行った。数か月前までは中年特有のポッコリと突き出た腹がチャームポイントだったが、その腹も引っ込みうっすらとシックスパックが浮き出ている。

 本人も「まるで若返ったかのようです」と喜んでいたが、個人的には前のルッツォの方が良かったと思っているのは俺だけの秘密だ。



 それから、ボスとの連戦に次ぐ連戦が行われたが、一回当たりの戦闘時間が一分未満しかないため、一時間と経たずに全員がボスの単独撃破を成し遂げてしまった。



 特に凄まじかったのは、ウルルとモチャの二人で、俺が戦闘開始の合図を出した瞬間、ボスを含めたすべてのモンスターの首がほとんど同時に吹き飛んだ光景は圧巻だった。

 もちろん、二人の動きは見えていたのだが、常人であれば何が起こったかすらわからないまま終わってしまうのだと考えると、多少なりとも彼女らの修行をやり過ぎたのだろうかと思ってしまうが、後悔も反省もしない。しないのである。



 その後、しばらくダンジョン攻略の日々が続き、Aランクの攻略可能階層である五十階層のボスを攻略が完了したところで、気付けば俺は十三歳になっていた。

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