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142話「国王の依頼よりも魚の仕入れよりも先に確認しなければならないことが世の中にはある」



「いらっしゃい、一人かい?」


「ああ、とりあえず食事付きで一泊分頼む」


「はいよ、今はちょっと事情があって魚料理が出せないからそれ以外の料理になっちまうけど構わないね?」


「ああ、問題ない」


「じゃあ、大銅貨八枚だね」



 兵士に勧められた【夏のそよ風】という宿にやってきた俺は、すぐにチェックインを済ませる。受付にいたのは、やはりというべきかもはやお約束というべきなのだろうが、三十代くらいの美女だった。



 今まで出会ってきた宿の女将の見た目そのままでその場にたたずむ様子は、何度も見た光景であり、それを俺が見間違えるはずがなかった。



「私はこの宿の女将をやってるムサーナっていうんだ。坊やの名前は何て言うんだい?」


「俺はローランドだ。冒険者をやっている。ところで、ミサーナ・ネサーナ・ヌサーナ・ノサーナという名に聞き覚えはあるか?」


「なんだい、うちの親戚たちを知ってるのかい?」



 ……やはりな、まあ疑ってたわけじゃないが念のための確認というやつだ。……こんな同じ顔をした美女が何人もいてたまるか。世界は狭いとかよく言うが、物には限度ってもんがあるんだ。



 それから、俺はムサーナに今までいろいろな街を旅してきたことを話し、その道中で泊まった宿で彼女の親戚たちに世話になったことを伝えた。



「うちの親戚たちが世話をしたお客さんだから、うちとしてもこの宿名物の魚料理を振舞ってやりたかったんだけどね……」


「オクトパスか」


「そうさ。あの化け物ダコが現れてからまともな漁ができなくてね。今じゃ魚はほとんど出回ってないよ」



 ほうほう、そうですかそうですか。この俺が、この俺様が来たからにはもはや奴は茹で上がったタコになる運命にあるのだが、予想していたよりもオクトパス出現の被害が大きく出ているようだ。これは、討伐を急がねばなるまい。急がねばなるまいが、まずはアレを確認しないことには俺の気が済まないので、確認のためにムサーナに聞いてみた。



「そういえば、ムサーナには娘とかいないのか? もしかしてムーナっていう名前じゃないか?」


「なんでうちの娘の名前を知ってるんだい?」


「ですよねー」



 うん、この法則は守られているようだ。感心感心。これでいなかったら、この世界を管理する神的な奴にクレームを入れている所だ。



 そんなことを考えていると、食堂の方からムサーナの娘と思しき年若い少女が近づいてきた。だが、生物学おいて言えば同じ遺伝子を持っていたとしても、育つ環境によっては同じ見た目でも成長の過程に齟齬が生じることがあるようだ。



 そこにいたのは、確かに今まで見てきた女将の娘の見た目をした少女であったが、今まで見てきた宿屋の娘たちとは絶望的に違っているものがあった。それがなんなのかと言えば……。



(デカいな……。海という環境がアレを育てたのか? E……いや、あの年で胸部装甲Fクラス……だと!?)



 今までの宿屋の娘たちの胸部装甲は、CからDが精々であった。だが、Eの壁を越えFの壁に片手を掛けている少女が目の前にいたのだ。……なぜ胸部装甲の数値がわかるのかって? 男なら胸部装甲スカウターは標準装備だ。常識なんだ。目覚めていないが、その能力は備わっているのだ。それで納得しろ。



「あのー?」


「うん?」



 そんなどうでもいいことを考えていると、ムーナが怪訝な表情を浮かべていた。いかん、胸を凝視していたことがバレたか? 女の子はこういう視線には敏感だというし、嫌な思いをさせてしまっただろうか?



「ぼーっとしてましたけど、大丈夫ですか? どこか体の具合が悪いんじゃ」


「いや、ただぼーっとしていただけだから気にしないでくれ」


「でも……」


「ムーナ、覚えときな。男が女の前でぼーっとするのは、大体女の胸やら尻やらを見てるときさね。どうやら、うちの娘は坊やのお眼鏡に叶ったようだね。ムーナ、あんたももうすぐ成人するんだから男の一人も捕まえて来ないといけないよ。ほれ、物は試しだ。坊やにその無駄に大きくなった乳を揉ませてやりな」


「お母さん!!」



 やはり年の功なのか、俺の視線がどこに向いていたのかその僅か一、二秒の間に察したようだ。まあ、あの豊満な体を持った女性の血を引いているのであれば、あれくらいの体つきになってもおかしくはないが、物は試しで自分の娘の乳を揉ませる母親はどうかと思いますよ? まあ、ムーナがどうしてもというのならば、こちらとしても断る理由はないが……まだ下が反応しないんだよなー。



「大体、物は試しってなによ! あたしの体はそんな安くはありませんっ!!」


「ふんっ、盛りの付いた男女の喘ぎ声を聞きながらやってるお前にそんなことを言う資格はないさね!」


「えぇー、な、なんで知ってるのよー!!!」



 若い娘の性事情を聞かされ居たたまれない気分になった俺は、未だに親子喧嘩を続けている二人の元を気付かれないよう去って行った。ああいうのは、家族の団欒の時にだけにしてほしい話だとつくづく思った。



 ムサーナに指定された宿の部屋番号のドアの鍵穴に鍵を差し込み部屋に入る。部屋は、これまたよくあるクローゼット・テーブルと椅子・一人用ベッドの三点セットで構成された内装をしており、特段物珍しいものは置いていない。



「ふう、なんか宿に来ただけで疲れたんだが。飛んできたから体力は有り余っているはずなのに……」



 最近覚えたステルス飛行による移動方法によって時間短縮をしながらやってきたので、直接街道を身体強化を掛けつつ走らなくてもよくなっていたのだが、なぜか気疲れが激しいのはなぜなのだろう。尤も、その気疲れの原因が何かは理解しているが……。



 とりあえず、ベッドに腰を下ろし今後の予定としてまずやらねばならないことを確認していく。宿に来るまでの道中は、オクトパス襲来によって暗い雰囲気に町が包まれているのを感じた。自分が住む町に強大なモンスターが陣取ってしまえば、住人としてはいつ襲ってくるかわからない不安を抱えたまま生活しなければならないため、安心して生活することは難しい。その不安からくる暗さというのはわかるが、こうも雰囲気が暗いと今生の人生目標に世界観光を掲げている俺としては見過ごせない案件ではある。



 だが、それよりも先にまだ確認していないもう一つのアレを確認しなければならないのである。それが何かはもうわかっているだろうが、とりあえず少し休ませてくれ……。



 ムサーナ親子によって生じた気疲れをある程度まで回復させた俺は、部屋に鍵を掛け鍵をムサーナに預けたあと、冒険者ギルドを目指した。



 しばらく通りを歩き続け広場のような開けた場所に出ると、正面に剣と盾のマークが描かれた冒険者ギルドの看板が目に飛び込んできた。迷わずギルド内に入ると、突然耳をつんざくほどの怒声が響き渡ってきた。



「ふざけるんじゃない! あんな化け物と戦うなんて、俺はまっぴら御免だ!!」


「無理を承知で言っているのはわかっています。ですが――」


「俺たちにでも討伐が可能なモンスターならば、俺たちも喜んで依頼を受けよう。だが、オクトパスなんて化け物を相手に戦うなんて、俺たちに死ねと言ってるようなもんじゃないか!! 悪いが、俺はまだ死にたくないんでね。この依頼断らせてもらう」


「あっ……」



 怒声を放っていた男性冒険者の言葉を皮切りに、他の冒険者たちもギルドを出ていってしまう。内容としては大体予想は付くが、確かに並の冒険者ではまず歯が立たない相手だろうしな。



 そんなことよりもだ。俺の目的はあの子とあの子とあのハゲだ。さあ、ここの巨乳眼鏡のお姉さんは何アンさんなの? その後輩は何コルなんだ? そして、解体場責任者のハゲおっさんは何ルドなんだ? 教えてたもれ~。



「すまないが、聞きたいことがある」


「ああ、いらっしゃいませ。何でしょうか?」


「コホン、あなたのお名前なんてぇの?」


「はい?」



 偶然にも先ほど出ていった冒険者の相手をしていたのが、巨乳眼鏡お姉さんの彼女だったのだ。だから思い切って聞いてみたのだが、どうやら唐突に名前を聞かれたことを不審がっているようだ。



 そりゃ子供とはいえ見も知らない相手に、いきなり名前を聞かれて素直に答える馬鹿はいないだろう。例えそれが冒険者風の格好をした子供だったとしてもだ。



「いきなり不躾だったな。俺はローランドだ。冒険者とやっている」


「私はこの冒険者ギルドの職員をしております。モリアンと申します」


「モリアンね。まあ、順当だな」


「あの、さっきから私の名前を気にしているようですが、何なのでしょうか?」


「ああ、気に障ったのなら謝罪しよう。実はな……」



 俺は今までの経緯を話し、この冒険者ギルドにも眼鏡を掛けた名前にアンが付く同じ顔の巨乳お姉さんがいるのではという疑惑を確認すべくやってきたことを説明してやった。それで納得がいったのか、今度はモリアンから詳しい話をしてくれた。



「私たちの一族は、代々冒険者ギルドの職員として冒険者たちを支えてきた家系らしいです。その歴史も長いんですが、最初の初代のご先祖様が受付嬢になった目的は“生涯の伴侶を見つけるため”という理由だったそうですよ」


「要は婚活目的でギルド職員になったのかよ……」



 まあ、こういった長く続いてるところの家の初代の経緯なんて、大抵がそれほど大した理由もなくただなんとなく成り行きでそうなったというものが多いのだが、この子のご先祖様も相当切羽詰まっていたのだろうか?



「それがいつの間にか私たちの一族の家風みたいなものになりまして、自分の伴侶は自分で見つけるという名目で一族のほとんどが冒険者ギルドの職員となってます」


「だから、どこのギルドに行ってもアンアン一族がいるのか……なるほどな」


「そのアンアン一族って言い方止めてもらえませんか?」



 どうやら俺が付けた一族の名前はお気に召さなかったらしい。可愛らしい顔を頬を膨らませることでさらに可愛らしい顔へと変貌していた。



 とりあえず、このギルドのアンアン一族の名はモリアンだった。ならば次はコルコル一族の末裔がいるはずだ。さて、何コルなのか確認といこうじゃないか。



「じゃあ止める代わりに、このギルドのハゲハゲ一族とコルコル一族を紹介してもらおうか?」


「なんだろう、言ってることは意味不明なのに、それで理解できる私がいる……解せません」



 そんなことは俺の知ったことではない。寧ろ俺の言葉で理解してしまった方に非があると俺は思う。そんな取り留めのないことを考えていると、モリアンが紹介するまでもなく、話の渦中の人間が寄ってきた。



「先輩、この書類なんですけど?」


「ああ、これはあっちに持っていって頂戴。それから、あなたにお客さんよ」


「お客ですか?」



 突然の来客に、小首を傾げる少女が俺の方を見る。そりゃ、心当たりのまったくない来客なのだから仕方のないことだろう。



「失礼、俺はローランドという冒険者だ。突然ですまないがあんたの名前を教えて欲しい」


「はあ、あたしの名前はイコルっていいます」


「……戻ったな」


「はい?」



 そういえば、一番最初に出会ったコルコル族はニコルだったな。であれば、イコルがいても不自然ではない……のか?



 とりあえず、この町のコルコル族はイコルという名前が判明した。そして、最後にハゲハゲ族を紹介してもらおうとして口を開きかけたその時、またしても怒鳴り声が響き渡った。



「こらぁイコル! 何度言ったらわかんだよ!? 新人のところばかりに解体するモンスターを振り分けてんじゃねぇ!! 俺んとこに持ってこいって何度言えばわかるんだ。この小娘が!」


「あらあら、ごめんあそばせー。モンスターも、あなたのような頭がお寂しい方に解体されたくないと思いまして、考慮して差し上げたまでですが、それのなにが問題だというのです?」


「だから! 俺はハゲてねぇっつってんだろうがよ!! 剃ってんだよこれは! この頭は剃ってるんだよ!!」



 いきなり現れたハg……もとい、イコル曰く頭のお寂しい中年の男性が現れる。そして、その容姿にもどことなく既視感があるのはもはや気のせいではないだろう。



「ちょっといいか?」


「うん? 坊主はなんだ? 駆け出しの冒険者……にしては雰囲気があるな」


「俺はローランドという冒険者だ。突然だが、おっさんの名前を教えてくれ」


「ん? 俺の名前か? 俺はピカルドだが」


「そうか、どうやら邪魔をしてしまったようだ。また出直すとしよう」



 三人とも俺の不可解な行動に怪訝な表情を浮かべている。そりゃ、突然名前を聞かれて名乗ったら何か妙な納得をされて去って行く人間が現れれば、妙な奴だと思うのは仕方のないことであろう。



 だが、これでこの町のアレをすべて確認し終えることができたので、次はオクトパス討伐といきたいところであるが、まずはこの町の領主に話を通さねばならない。しかし、旅の疲れ……はないが何か妙な気疲れを起こしているため、今日は大人しく宿で早めの休息を取ることにしたのであった。

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