*番外編* 思い描いたのはあなた
冬も近付いてきたある休日のお昼前、私が独身寮の自室で寛いでいると、珍しいお客様が現れた。
「よぉ、ひとりか?珍しいな」
「あれ?サクこそ珍しいね。昨日焼いたクッキーがあるけど、食べる?」
意外と食いしん坊な闇の精霊は、やった!と表情を輝かせて私の側に飛んできた。
クッキーをお皿に三つ並べて置いてあげると、サクはすぐにひとつ手にとってかじりつき始める。
クッキーひとつといっても、サクは手のひらサイズなのだ、膝に抱えるくらいの大きさでかなり食べごたえがあるはず。
それなのに、目の前のこの精霊は、なんてことない顔をしてもうひとつ目を食べ終えようとしている。
「ね、いつも思うんだけど、サクの胃袋ってどうなってるの?」
「あ?オレたち精霊は、お前ら人間と違って別に食事を必要としないからな。腹が減るとか膨れるとか、そういう感覚はない」
そういえばそんなこと聞いたことある気がする。
「じゃ、太ったり痩せたりもしないってこと?」
「そりゃそうだろ。普段は食べねぇんだから。まあ、好きなモンは好きなだけ食べるけどな」
な、なんて羨ましい……!
世の女性たちが聞いたら袋叩きな案件だよ!
「え〜じゃあ、精霊ってみんなそんなスラッとしてるの?サクもルナもスタイル良いよね?」
「まあ、そうだな。人間は容姿も体型も色々だが、精霊はそこまで差がない。考えてもみろよ、デブで不細工なヤツがいて、お前ら人間は精霊だって信じるか?」
「……ひ、人も精霊も外見じゃなくて、中身が大切だと思うよ?」
もっともらしく答えた私にサクは、はっ!と鼻で笑った。
うっ、確かにイメージというものがあるから、疑いの目を向けてしまうかもしれない。
それにしてもデブで不細工な精霊か……それはそれで、見てみたい気もするけれど。
「えっと、じゃあ精霊にも好きな異性のタイプとかあるの?結婚したり子どもを産んだりもできる?」
「なんだよ、いきなり」
えー、だってなかなかこんなこと聞ける機会ないし!
それにサクとふたりっきりっていうのも、滅多にないもんね。
「仕方ねぇな……。確かにオレ達精霊にも性別はあって、番もいる。当然、番は誰でも良いってわけじゃねぇ」
面倒くさそうな顔をしつつも、クッキーをもらったからなとサクは丁寧に説明してくれた。
相変わらずこの精霊は、意外と真面目というか、律儀だ。
曰く、見た目通り人間でいえばサクは男、ルナは女にあたるらしい。
身分というものはないが、精霊にもその強さで階級があり、上位の精霊になるほどモテるらしい。
あとは容姿だが、基本精霊はみんな整った顔立ちをしているので、それほど人気に差はなく、ただ好みで分かれるんだって。
綺麗系が良いとか、癒やし系が好きとか、たくましいのが好みとか……。
こうして聞くと、人間とあまり変わらないところもあるのね。
地位や能力が高い人はやっぱりモテるし、顔のタイプも人それぞれだもんね。
それと気になったのは、やっぱり同じ属性の精霊同士で番になるのかなと思ったんだけど、そうなることが多いだけで、別に違う属性の精霊と番っても良いんだって。
違う国の人と結婚するみたいな感じかな?
でもそれぞれの仕事のことを漏らしてはいけないから、結構大変みたい。
最後に謎だったことなんだけど、精霊は人間みたいに子どもを産むことはないんだって。
番と一緒に、世界樹と呼ばれる聖域にある樹の前で儀式を行うと、精霊の赤ちゃんが生まれるらしい。
「ふーん……人間と似てるところもあるけど、やっぱり違うところもたくさんあるね」
「まあ、そうだな。オレ達からしたら、人間の女は悪阻だなんだと体調不良にも耐えながら何ヶ月も腹に赤ん坊抱えて、大変だなと思うよ。だから、人間の男はもっと女を大切にすべきだと思ったな」
おお……!なんか今の、すっごく気遣いができる素敵男子みたいな発言じゃない?
前世で子どもを産んだ友達が、妊娠の初期に旦那からまだ悪阻治らないの?って言われてすごくムカついた!とか愚痴言ってたし。
ずっと引きこもりだったからこっちの世界がどうなのかは知らないけど、サクの言い方だと、友達の旦那みたいな人の方が多数派なのかもしれないわね。
まあ、そうじゃない男性も勿論いるだろうけど……。
クリスさんは……ちゃんと心配してくれそう。
い、いやいや別にここでクリスさんが出てきたのは、偶然だから!
深い意味はない!
「それにしても、サクってモテそうだよね」
「は?」
強引に自分の思考をクリスさんから逸らし、サクに意識を戻してそう告げると、最後のクッキーをかじり始めていたサクが怪訝な顔をした。
お、つい口に出ちゃっただけだけど、この話題は面白いかも。
「ね、サクはもう番がいるの?」
「いや、いねぇけど……」
「じゃあ、番になってほしいなーっていう精霊の女の子は?」
「いねぇよ!なんなんだよいきなり!」
嫌な予感がしたのか、サクは食べかけのクッキーを置いて逃げようとした。
……ところを、私がぎゅっと掴んで引き止めた。
「まあまあ、そんなに慌てて帰らなくても良いじゃない。それなら、好きなタイプは?かわいい系?それとも美人系が好きなの?性格は?ツンデレとかどう?」
そう聞きながら、頭には自分の大好きな親友兼契約精霊の姿が浮かんでいた。
最初は言い合いとかよくしてたけど、最近は結構仲良くやってると思うのよね。
ふたりで並んでるところもお似合いだと思うし!
すっかりお節介オバサン化した私を、サクがうっとおしそうに睨んだ。
「オレのことはどうでも良いだろ。それより、自分のこと考えろよな」
「?自分のことって?」
ちっとも動揺しないサクに、ちょっぴり残念な気持ちでそう聞き返すと、サクはにやりと黒い笑みを浮かばせた。
「お前、もう成人だろ?人間の貴族は、そのくらいの歳から婚約者を考えないといけないはずだ」
た、確かにその通りだ。
でも今の私は貴族令嬢として中途半端だし、なんなら見た目は幼女だもんね!
「そうやって余裕ぶっこいてると、すぐに婚期逃すぞ?」
サクはにやにやと嫌な笑顔で私を指差す。
くっ……!
前世で独身アラサーだった私の心にグサリと刺さったわ、ええぶっさりと!
「婚期を逃しそうなかわいそうなお前のために、今度はオレが聞こう。好みのタイプはどんなんだ?」
「こ、好みのタイプ?ええっと……」
もちろん、仕事はちゃんとしていてほしいし、真面目で優しいと良いよね。
あとは……あんまり賑やかな人は苦手だし、少しくらい無口でも良いから、一緒にいて落ち着ける人が良いな。
それと、ちゃんと挨拶とかお礼を言ってくれて、私のことをちゃんと見ていてくれて、あ、体調が悪いのとかすぐに気付いて労ってくれる人……って。
その時ふっと頭をよぎったのは、黒髪に紫がかった黒い瞳の、笑顔が優しい騎士。
「ち、ちちちち違う!そういうんじゃない!そんな、私は……!」
「ほう?誰のことを思い浮かべたんだ?言ってみろよ」
ぼふんと顔が沸騰したように赤くなると、すかさずサクが今日一番のにやにや顔でそう聞いてきた。
「違う!誰も思い浮かんでない!」
「なんだよ、素直になれよなー」
こ、この顔は絶対誰が思い浮かんだか、分かってるっ!
「もうっ!そうやってからかうなら、もうサクにはおやつ作ってあげない!」
「あっ、ズルいぞ!」
もう小さくなってしまった食べかけの最後のクッキーを取り上げると、ぎゃあぎゃあとサクが文句を言い出した。
つーんとそっぽを向き、火照った顔を冷やそうと窓を開ける。
そこから見えたのは、夜勤を終えて戻って来たばかりの、黒づくめのひとりの騎士。
「ティア、ただいま」
「!お、おかえりなさい……」
もう!どんな顔してクリスさんに会えば良いのよ!
窓から覗く私に気付き柔らかく微笑むクリスさんに、私の頬はまた温度を上げたのだった――――。
新しいお話、【前略母上様 わたくしこの度異世界転生いたしまして、悪役令嬢になりました】を昨日から投稿しています!
もしよろしければ、読んでみて下さい(*´ω`*)




