真実に辿り着いた騎士と、何も知らない魔導具師
「すっかりお世話になったな。わざわざ見送りにまで来てくれて、嬉しいぞ!」
「いえ、私こそ辺境伯様にはお世話になりましたから。また、王都にいらした時は遊びに来て下さいね」
とうとう今日、辺境伯が領地へと帰る。
昨夜いつどうやって戻ったのか、朝目覚めると私は自室のベッドで寝ていた。
クリスさんと一緒に話していたところから記憶が飛んでしまっているが……恐らく、彼が私を運んでくれたのだろうと思っている。
辺境伯とクリスさんふたりに渡したいものがあると伝えたところまでは、かろうじて覚えているのだが……。
「あの、これ。良かったら身に着けていて下さい。お守りです」
その渡したかったものをマジックバックから取り出し、辺境伯へと差し出す。
簡単にラッピングをしたそれを、辺境伯はまじまじと見つめた。
「……俺に?うーむ、どうせならクリスにやってくれると……」
「え、どうしてクリスさんの分もあるって知ってるんですか!?」
驚いてついそう聞き返してしまうと、辺境伯は一瞬停止し、数拍のち、わはは!と笑い出した。
「そうかそうか!これは余計なことを言ってしまったな!うむ、ありがたく頂こう」
何だかよく分からないけれど、受け取ってもらえるみたいでほっとする。
「大したものではないのですが、私が作ったものです。お守りを兼ねた剣の飾り紐になっています」
どうやって使うんだ?と訝しげに包みの中を覗く辺境伯に、説明する。
そう、辺境伯に渡したのは、昨日グレンさんの所で作った守り玉だ。
ルビーに魔法付与したものを、剣の飾り紐と合わせてみた。
攻撃力と火属性魔法攻撃力が上がるなんて、辺境伯にピッタリだと思ったから。
どうせなら、クリスさんとお揃いにしたら良いのではと思い、飾り紐にしてみた。
「ほう。クリスの剣を見て、なかなか良いなと思っていたんだ。そうか、あいつと同じか……。ありがとうな、ティア嬢ちゃん」
辺境伯の剣に紐を結ぶと、満足気に笑ってくれた。
ついでにジャイアントスパイダーとポイズンスパイダーの刺繍糸も使って、防御面の付与もしてある。
父子の関係が良い方向に変化してきたのだ、怪我には気をつけてほしいもの。
「ささやかなものですが、辺境伯様を守ってくれますように。どうか、お元気で」
「ああ、またいつか。そうだ、少し耳を貸してくれないか?」
内緒話だなんてどうしたのだろうと思いつつ、辺境伯の口元に耳を寄せると、クリスさんに似た優しい声で囁かれた。
「愚息を、よろしく頼むよ。君は気付いていないかもしれないが、互いにとても大切に思い合っているようだからね」
「へ?」
私が間抜けな声を上げると、ではまたな!と辺境伯は颯爽と馬に乗ってしまった。
そして見送りの人達に手を振りながら、領地へと出発した。
「大切にって……そりゃ、嫌われてはいないだろうし、私も……」
どちらかと言われたら、好き、だと思うけれど。
でも、“息子を頼む”って、辺境伯のあの言い方はまるで……。
「何を言われたんだ?」
「わあっ!」
不意にうしろからかけられた声に思わず叫び声を上げると、クリスさんが覗き込んできた。
「驚かせたか?すまない」
「い、いえ……。ごめんなさい、大きな声を出して」
当の本人が突然現れて、心臓がバクバクだ。
あ、でもそうだ。
「いえ、ただ別れの挨拶を交わしただけです。それよりもこれ、良かったら受け取って頂けますか?」
少しばかり強引に話を逸らしてしまったが、ありがたいことにクリスさんは、それ以上聞かずに包みを受け取ってくれた。
これは?と首を捻る表情が、先程の辺境伯の姿に重なる。
「お守りです。剣についている飾り紐と一緒に、良かったらつけてみて下さい」
頬が若干熱くなっているのを気にしつつ、説明を始める。
クリスさんのものはオニキスに付与したものだ。
闇属性魔法攻撃力なんて、これまたピッタリだもの。
辺境伯のものと同じ刺繍糸を使ってはいるが、こちらは重ね付けできるようシンプルなデザインになっている。
それでも攻撃力と一緒に防御と状態異常の耐性があり、こちらも怪我に気を付けてほしいとの願いを込めた。
「辺境伯にもプレゼントしたんです。クリスさんとお揃いだって伝えたら、すごく喜んでいましたよ」
「……それは別に、言わなくても良いだろう」
あ、また照れて顔を逸らした。
ふふ、クリスさんのこの表情、好きだなぁ。
……いや、好きっていうのは、そういう意味じゃないけど!
もう!さっき辺境伯に変なことを言われたから、馬鹿みたいに意識しちゃうじゃないか。
いやいや、落ち着け私。
ひとり心の中で言い訳していると、そんな私をクリスさんがじっと見下ろしていたことに気付く。
「――――ティア。君は、ひょっとして……」
「はい?あ、そういえば昨日私を部屋まで運んでくれたのって、クリスさんですよね!?すみません、私ったら、すっかり眠りこけちゃって!」
そのことに思い至って慌てて謝罪すると、それは別に……とクリスさんがたじろいだ。
「そうではなく。君はまさか、魔法で――――」
「おーい、ティア!団長が呼んでるぞ!」
クリスさんが何事かを話そうとした時、アランの元気な声が響いた。
「ティア、早く……って。す、すみませんクリス隊長!」
私がクリスさんと話している途中だと気付いたアランは、慌てて頭を下げた。
「……いや、構わない」
構わないと言いつつ、クリスさんの顔は超絶不機嫌になっている。
うわこれやっちまったーという顔のアランに、焦って私も口を開く。
「すみませんクリスさん。また夜にでも改めてお礼とお話しさせて下さい。もうお仕事の時間だもんね、ごめんねアラン」
私の長話が過ぎてしまったと謝れば、クリスさんの不機嫌オーラも小さくなっていく。
申し訳なく思いつつ、クリスさんとはそこで別れ、アランに案内してもらうことにした。
辺境伯の言葉のせいで変なことばかり考えてしまうし、一旦冷静にならないと。
とりあえず仕事よ仕事!と半ば無理矢理意識を変えた。
今から蒸留器のことについての話し合いを行うことになっている。
私には、私の役目があるのだ。
今日も頑張ろう、そう気持ちを切り替え、一度だけ深呼吸をしてからまた前を向いた。
* * *
アランを伴って行くティアを見送ったクリスは、物陰に入ると周りに人気がないのを確認して、口を僅かに開き、自身の契約精霊の名を呼んだ。
「呼んだか?……ん?深刻な顔をして、どうしたんだ?」
普段と変わらない無表情だが、分かる人には分かる、僅かな変化をサクは見逃さなかった。
「……ルナは、ティアの精霊は、時空の精霊だったな」
「は?今更何言ってんだ?」
訝しげなサクの目を、クリスはしっかりと見つめて再度口を開く。
「時空魔法。時間を進めることも、そして遡ることもできるのだろうな。……人の体も」
そこまで聞いて、サクははっとした。
そしてにやりと口元に笑みを作って試すように言葉を返す。
「そりゃそうだ。お前、知らなかったのか?」
精霊は基本、他の精霊の仕事に口は出せないし、その内容を口外することもできない。
他の属性の精霊、しかも精霊王も関わっているとなれば、尚更。
「……それだけ確認できたら十分だ。お前を責められはしないな。よく考えたら分かることなのに、俺が鈍感だっただけだ」
それだけを言うと、クリスはくるりとうしろを向き、その場を後にする。
その表情は、どこか吹っ切れたようなものだった。
「面白くなってきたな。さあクリス、お前はどうする?」
そして、ここに来てようやく真実に辿り着いた主の背中に向けて、サクは笑みを零したのだった――――。
* * *
この時、私はまだ知らなかった。
ブドウ酒を飲むと、一時的に私の体にかけられていた魔法が解けてしまうことを。
そして、クリスさんが私の真実に気付いてしまったことを。
この後、私たちふたりの気持ちが急激に変化していくことを。
だから、まだ気楽に笑っていられたのだ。
私だけがこの時、まだ何も知らなかったから――――。
やっと恋愛要素が強くなってきたところで、この章は終わりです。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました(*^^*)
そして続きですが……
実は今、違うお話も書きたい欲が強くなっていまして……
続き、どうしようかなと迷っているところです。
どちらを投稿していくかは、書きたい欲に任せてやっていこうかなと思ってますので、温かく見守って頂けたら嬉しいです。
すみません、こんなんで(T_T)
ですが、飽き性の私がここまで続けていられるのは、いつも読んで下さる皆様のおかげです!
できればどうぞ、この先を気長にお待ち頂けたらと思います。
ありがとうございました!




