黒の騎士2
「すみません、もう大丈夫です」
すんと鼻をすすって騎士を見上げると、また無言で頭を撫でてくれた。
この人の手、大きくて温かくて、落ち着く。
自然と甘えたくなってしまう。
おかしいな、外見が幼女とはいえ、前世から数えれば、中身は恐らく五十年近く生きているのに。
体と一緒に、心まで幼くなってしまったのだろうか?
いやいや、それではいけない。これから自立して生きていかなくてはならないのだから。
少し名残惜しく思うのをぐっと我慢して、大丈夫ですからと手を離してもらうように伝えた。
そうかと手を引っ込める彼も、なぜか少し名残惜しそうだったのは、気のせいだろうか。
「さて、ではあいつらを聴取しなくてはいけないし、君にも状況を説明してほしいから、一緒について来てくれるか?」
「えっと、そうですね……」
事情聴取ってやつかな。この世界にもあるんだ。
ということは、やはりこの人は騎士で間違いないのだろう。
でも、本当に信用して良いものなのか……。
まじまじと見つめていたからだろう、ああと騎士は名乗っていないことに気付き、口を開いた。
「俺はクリス・ブルームハルト。王立騎士団所属の騎士だ」
「ブ、ブルームハルト!?」
聞き覚えのある家名に思わず反応してしまうと、クリスと名乗った騎士が目をみはった。
「……ふぅん?その様子だと、ブルームハルト辺境伯家を知っているようだな」
しまった、そう思って両手で口を塞ぐ。
「まあ、裕福な商人の娘なら知っていてもおかしくはないか。まだ幼いのに、勉強家だな」
「……丁度、少し前に教わったばかりだったので」
危ない危ない、今の私は平民の幼女なんだった。
貴族の一般知識として知っていたけれど、貴族の家名に詳しい幼女なんて、平民にはまずいないもんね。
裕福な商人の娘って言っておいたからなんとか誤魔化せたが、こういうことにも気をつけておかないと。
「それで?」
「はい?」
顔を覗き込まれて何かを求められているようだが、さっぱり分からず首を傾げる。
「名前。君と、そっちの猫も。友達なんだろう?」
そう言うと、クリスさんはしゃがんで足元でじっとしていたルナを撫でた。
初めは少し警戒した様子だったルナも、大人しく撫でられている。
あまり人間に慣れない、時空の精霊のルナが嫌がらないのなら、やっぱり悪い人ではないのだろう。
ルナのことを友達だと言ってくれたし。
ならば、名乗ってついて行っても良いかもしれない。
「失礼しました。私はティアと申します。こっちは友達のルナ。襲われた時のこと、ちゃんとご説明しますので、一緒に連れて行って下さい。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げれば、ふっと微かに笑った気配がした。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
こうして私達は、クリスさんと一緒に王宮の騎士団へと向かうことにしたのだ。
私とルナは、クリスさんの馬に乗せてもらい、森を出た。
初めは大きな馬に乗るのも、揺られるのもちょっと恐かったけれど、だんだん慣れてくると楽しくなってきた。
クリスさんがなるべく負担のないようにと気遣って馬を走らせてくれたのだが、安心したのと揺れのせいで眠くなってしまった。
こんなイケメンにうしろから抱っこされて、ドキドキしない訳ではなかったけれど、向こうは幼女だと思っているのだし、意識しても馬鹿らしいので、考えるのは止めた。
そうしてうとうとしていると、寝ていれば良いと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
ルナも疲れていたのか、私のお腹のところで丸まっている。
落ちないようにと、ルナをぎゅっと抱きしめて目を閉じると、クリスさんも私を少しもたれさせてくれた。
あ、あったかい……。
大きな胸に包まれて、まるで本当に小さな子どもになったみたい。
って、体は本当に子どもなんだけど。
そして私は、人肌ってこんなに温かかったんだなぁと笑みをこぼすと、クリスさんとルナの体温を感じながら意識を失った。




