腹黒国王のひとりごと2
久しぶりに二日目連続投稿できました……(T▽T)
「次は……なるほど、蜘蛛型の魔物の糸を素材として作ったものか。何種類かあるようだな」
「はい。現地で鑑定してみたところ、様々な効果があり、魔導具を作るのに適しているなと思ったので、持ち帰ってみました」
糸を素材にして作ったのは、腕輪と弓矢、そして刺繍糸。
「この刺繍糸は、ポイズンスパイダーとジャイアントスパイダー、それぞれに毒軽減・火耐性・防御力上昇の効果があったので、混ぜて作ってみました」
「複合までやっちゃうなんて、ほんと規格外だねぇ」
あれ、ひょっとして混ぜるのって難しい技術だった?
ただ単に、どうせなら混ぜて一緒にしちゃえば、効果も増えて魔導具作るのに便利になるんじゃないかな〜くらいの考えだったのだが……。
「ティアは簡単にやってのけたけどね……。素材にも相性とかあるし配分も難しいから、職人たちは結構苦労するのよ?」
私の疑問に答えるように、こっそり肩に止まっていたルナが教えてくれた。
な、なるほど……こりゃ本当のことは言わない方が良さそうだ。
「ふむ。腕輪は誰でも装備できて良いな。それにこの特殊な刺繍糸があるなら、衣服に縫ったり編んだりすることで、誰でも簡単に効果を付与することができる」
そう!そうなんですよ、さすがベンデル男爵!
正解!と拍手を贈れば、ベンデル男爵は当然だと言いつつも、ちょっと嬉しそうに胸を張った。
見た目神経質そうなイケオジの、可愛らしいところが見れて大変楽しい。
この刺繍糸に関しては、正直ひとりで作るのには限界があるから、材料として作れば他の人にも手軽に効果の付与ができて便利だと思ったのだ。
つまり、できることは人に任せちゃいましょう作戦。
そんな私の怠惰な考えに気付くはずもなく、陛下と男爵は刺繍糸を手にとってしげしげと眺めている。
「ぜひ私にもこの糸で刺繍したものが欲しいなぁ。ハンカチとか、どうだい?」
そう陛下がおねだりしてきたが、先程のこともあり、私は笑顔で拒否した。
「そんなとんでもない。私なんかが刺繍したものを陛下にお渡しするなんて。恐れ多いですわぁ」
「へ?」
「ぶぶっ!」
断られるなんて思いもしなかったのだろう、間抜け面になった陛下と私を見て、ベンデル男爵が吹き出した。
「あ、ですがベンデル男爵にはご要望があればお作り致します!相談にのって下さったり、無理をお願いしたりとお世話になっておりますもの。こんな小娘のたわごとをいつも優しく受けとめて下さって、ありがとうございます」
「そ、そうか。ふっ!な、ならばぜひ頼もうか……くくっ」
とどめにベンデル男爵に向かって最上級の笑顔を向けると、男爵は笑いを堪えきれずに顔を逸らした。
「……悪かったよ。君の仕事ぶりが期待以上だったのが、あまりに嬉しくてつい」
「何のことでしょう?陛下の崇高なお考えなど、私には理解が及びませんわぁ」
しょぼんとした陛下への私の返しに、今度こそベンデル男爵は声を出して大爆笑したのだった。
* * *
「……いつまで笑っているんだい、男爵」
「な、何を言う……ふっ」
「口元も緩んでるし震えてるし、何なら声にも出てるから素直に認めなよ!」
新作の説明を終えたティアが退室した後、残ったランドルフとベンデル男爵は、侍女に新しいお茶を淹れさせて向かい合っていた。
普段はランドルフがベンデル男爵をからかうようなやり取りが多いのに、今日は逆だと侍女は思った。
しかしそこはさすが王宮の侍女、一切表情には出さず、静かに上品な所作でお茶を淹れ直していく。
「ああ、もう下がって良いよ」
ランドルフの声に、侍女は一礼をして退室した。
そうしてふたりきりになった応接室、仕切り直そうと互いにお茶に口を付けた。
そのティーカップを置いた時、ランドルフの纏う空気が変わった。
「ところでベンデル男爵。彼女、これからどうするんだろうね?」
「というと?」
いまいちどの事を指しているのか分からない。
そう思って聞き返したベンデル男爵に、ふっと軽く笑んでランドルフが口を開いた。
「いつ、本当の自分に戻るつもりなんだろう。報告を聞いていると、独身寮での生活に問題はないし、店の経営も至って順調。先の遠征に参加して、顔見知りの騎士も増えた。偽りの姿としての生活が広がりつつあるけれど、ずっとこのままでいるつもりではないだろう?」
「それは……」
何と言えば良いのか、ベンデル男爵も口をつぐんだ。
確かにそうだ。
元はといえば、エーレンシュタイン家から逃げるために、あの姿になったのだ。
しかし、その問題はもうおおよそ解決している。
この生活をしばらく続けたいという彼女の希望で、今の状況になっているのだが、ではその終わりはいつ来るのだろう。
「……ブルームハルト辺境伯も気付いたみたいでね。どうやら、自分のところの三男にどうだろうかと目を付けているみたいだよ。クリス隊長だっけ、随分と仲が良いみたいだね」
そういうことには鈍いあいつが?とベンデル男爵は眉をひそめたが、確かに三男坊の女性嫌いを心配していた。
あの娘ならば、と彼が思うのも自然なことかもしれないと思い直す。
「ふん……。騎士団の、たかが隊長程度には、あの娘は勿体ない気もするがね」
ベンデル男爵は、ティアの持って来た魔導具たちを見ながらそう答えた。
自分も元騎士団員だったし、相手が親しい友人の息子だということを差し引いても、ティアにはまだ相応しくない。
それくらいに、彼女は生まれも人柄も能力も申し分ないのだ。
「おや、随分とティアのことを買っているんだね?」
「……間違いなく優秀なところを何度も見せられているからな。それに、少なくともお前には任せたくないと思うくらいには、あの小娘に多少の情もある」
為政者らしい考えのランドルフに利用されてしまうのは心苦しい。
時には自分が間に入って、上手くやっていけたら良いなと思っていた。
「ふふ、ハンカチをもらう約束までしてたしね。妬けちゃうなぁ」
「はっ!お前と違って誠実に向き合っているからな」
ベンデル男爵が鼻で笑うと、ランドルフは笑顔を保ちつつも少しだけこめかみをピクリとさせた。
「ふーん。……ところで、男爵」
先程とはまた違う真剣な表情のランドルフに、ベンデル男爵も何を言われるのかと身構える。
「ちなみにまだティアを嫁にしようとか考えて「失礼する!」
言葉を遮り席を立ったベンデル男爵を、ランドルフは追うことはせず、扉の向こうに姿が見えなくなるまでひらひらと手を振って見送った。
「本当は、うちの嫁に来てほしかったんだけどねぇ」
ひとりになった応接室で、ぽつりとランドルフが零す。
しかし、セシルの様子を見るにそれは無理そうだ。
上のふたりとは……年も離れているし、性格も合いそうにないなと眉間に皺を寄せる。
「まあ、下手な小細工でもして外国に逃げられても困るしね。この国で幸せになってくれるのなら、それで良いか」
先程仲間外れにされた時、不覚にも傷ついてしまった自分に驚いた。
自分で思っていた以上にティアを気に入っていたのだなと、ランドルフは苦笑いを零したのだった。




